3.10ラサ決起から51年② | 日本人だからって大和魂を持ってる訳じゃ~ね~からな!

3.10ラサ決起から51年②

 シナ共産党は1949年国共内戦に勝利して、無宗教の社会主義国家中華人民共和国を
樹立した中国共産党は、「チベットは中国の一部分」として、
チベット全土の「解放」を目指して1950年に中国人民解放軍による軍事行動を
発動しチベットを軍事制圧し、17ヶ条協定により、チベットの主権を奪った。
 その後、チベット亡命政府は中国共産党政府はチベットに住む人々に対する
非常に残忍な弾圧や虐殺を繰り返し行なう事でチベットを抑圧支配し続けていると
主張している。さらに漢人の移民を故意に実行し現在ではチベットにおける漢人と
チベット人の人口比率は逆転していると主張している。


上記の流れの中で、ラサ決起とは
51年前の3月10日にチベットの首都ラサでシナが侵攻し多数のチベット人を虐殺した日です。
事件の発端となった10日、坊さん9人と尼さん2人がジョカン寺近くでチベットの旗を振り回し、
ビラを配っていたところ現れた武装警察が彼らをボコボコにして連れ去ったとのこと。
 これとは別にデプン寺の僧侶300人がジョカン寺までデモ行進を行う予定だったところ、
ラサ市の西側10キロで武装警察の妨害に遭い、50~60人が連行されました。

 翌11日、連れ去られた僧侶たちの解放を求め、警察署に達したセラ寺の数百人の僧侶らを
迎えたのは数千の武装警察から放たれた催涙弾で、あっさりと追い散らされました。
この日、主要な寺院は全て封鎖され、ジョガン寺、セラ寺には解放軍が駐屯。
 いったん状況が緩和された13日、シナ外交部は「現在ラサ市は市政府と
寺院民主管理委員会のおかげで沈静化している」と発表した。
実際は抗議活動が続いていたのです。
 この日も400~500人の僧侶やチベット人が抗議デモを行ったものの、
既に現地入りしていた戦車の前に鎮圧され、14人が連行されました。

 14日の午後1時に戒厳令がしかれましたが、チベット人やラマ僧4000人がバルコに集まって
抗議デモを行おうとしていたところ、阻止しようとした公安と衝突して警察車両が燃されました。
一部が商店や銀行などを襲い、中国の国旗である五星紅旗や車両(警察車両含む)などを
焼き払うなどの暴動があちこちで発生し、これを鎮圧しようとした武装警察が発砲して
数人が死亡しました。

参考サイト:http://aquarelliste.269g.net/article/11020809.html




そこへ直れ狼藉者、成敗してくれようぞ!