外来診察と障害年金 | 闘病のらりくらり (肺せん癌ステージⅣ)

闘病のらりくらり (肺せん癌ステージⅣ)

肺腺癌の治療中。
2018年10月から一次治療タグリッソ
2024年8月から二次治療ABCP療法
2025年12月から三次治療ドセタキセル

【治療歴】
☆2018年10月  肺腺癌ステージ4と診断される。
胸椎、脳、リンパ節に転移あり。骨折寸前のため骨転移部の固定手術後に放射線治療10回
2018年11月  EGFR遺伝子変異のため分子標的薬のタグリッソ80mg服用開始。
2022年3月  腰椎に転移。放射線治療5回
2023年10月 腰椎に転移。放射線治療5回
☆2024年7月  胸椎、肋骨に転移。放射線治療10回
☆2024年8月  タグリッソ終了(5年9か月)
                          二次治療ABCP療法開始





退院して数日後、
外来にて造影剤CT、採血、レントゲンの
検査と診察があった。

この結果次第で、次の手を考える
というものだったので
私には珍しく、ややドキドキ驚き

採血では白血球が2250に復活!
タグリッソをしてた頃と同様の
低いけど安定の数字に戻っていた。
CEAは1.5から1.4に⤵️。
もう誤差の範囲なので参考にならない。
レントゲンは変わらず問題なし。

今回の要となるCTについては
とりたてて良くはなってないけど
悪くなってるわけではなさそうな…
という微妙な結果だった。

1ヶ月前の画像と本日の画像。
2枚を見比べてはみるものの
原発は変わりがないので
骨転移を中心に見ていく。
ここは放射線治療したところ、
ここはしてないとこの区別が微妙で
ましてや放射線診断医の読影は
まだの状態なので
主治医もそのへんあやふやで。
次なる治療を決めるなら
専門医の見立てをふまえてから
所見が聞きたかった、というのが本音。

で、こんな微妙な感じなので
私も主治医もどうするかが悩ましい。
もしABCPをここでやめるとしたら、
の場合の次なる手を聞いても
すぐに飛びつきたくなる手もなかった。

とりあえず再タグリッソ、という
案も一瞬は提示されたのだけど
なぜかときめかず。
あんなにタグリッソに執着してたのに
自分でも不思議なくらい、
もう過去の人、元彼状態。
抗がん剤に免疫系のテセントリクが
入ってたことから、結局は
すぐに再タグリッソ案は脚下となった。

ほかの抗がん剤の方法がまだまだ
たくさんあると思っていたのに
今の時点でABCPよりガツンと効くのは
私にはない感じのことを言われ
タグリッソの後の選択肢は
まだ山のようにあると思ってたので
明らかに終わりに近づいているんだ
と実感せざるをえなかった。
抗がん剤や分子標的薬の種類は
多数あれど、長く効くというのが
難しくなるのかな。
ABCPにしたって、何クールまで
出来るのかがわからず
どの治療をしても長く効くのは
もう難しいフェーズに入った模様。
長きにわたるタグリッソ継続で
ちょっと感覚麻痺してたけど
ステージⅣを再確認する日になった。



で、結局はABCP療法の2クール目に
進むことになった。
先生が私の立場ならどうします?
と聞いたら、私と同じ意見だった。

パクリタキセルとカルボプラチンの
量を減らすこと
4週間あけて点滴すること
通院でなく入院することで決まった。

今回、私の希望として押し通したのは
点滴後にいったん退院し、
骨髄抑制が始まったら即再入院する
ということ。
骨髄抑制が始まるまでのダルダルな
時期は自宅療養したい!
ずっと入院を続けると睡眠と食事で
精神的にもしんどい!
と訴えて、なんとか了承を得た。
ドクターとしては連続入院を
してほしそうだったけど。

点滴は3週間おきで、
2回目からは通院でできる、という
一般的な治療ペースからははずれ
回復までに3週間、回復期1週間という
ペースになってしまい
予定どおりにいかなかったけれど
なんとか2回目のチャンスをもらい
ちょっとやる気になっているニヤリ

退院してから一週間以上がたち
スーパーで買い物したり
職場や保険会社に出すための
証明書や書類の準備をしたりと
少しは動けるようになってきた。

とはいえ、長めの距離を歩けず
ゴミ出しも徒歩では無理。
息があがるし、腰も痛い。
自転車ふらふら走行で出しにいく。

散歩も、ランチも、ましてや
遊びに行く体力もないので
今こそ、この時期が来たのでは?
と障害年金の申請をすることにした。

タグリッソで癌治療をしている頃
社労士さんに問い合わせて
障害年金の申請を考えたことがあった。
けど、どう考えても申請には
あたいしないなと思ってやめていた。

自分のことがちゃんと自分でできて
仕事もフルでははくてもできて
旅行や外出も好き放題だったので。

今ならいけるかも。
2クール目に入って動けなくなる前に
なんとか書類セットを手に入れようと
ヨボヨボと相談センターにいくと
予約してなくてもすぐに相談ができ
書類もろもろの書き方を教えてもらった。

回復期なら周りの協力も得て
自分で申請できるかも!と思い
社労士さんを介さずに進めている。

最初のネックとなるのは
初診先の病院の証明書をもらうこと。
これって罹患後すぐに申請をするなら
問題ないかもしれないけど
私は6年前のことになるので
記憶がもうあやふや。

しかも、初診というのは
癌とわかるよりも前、
カラダに不調を感じてまず最初に
いった病院が初診になる。

私の場合は、最初は背中が痛くて
小さな個人医院にいった。
この頃、やたらと整形的な不調があって
よくここにお世話になっていたので
まずは見てもらいにいき
レントゲンを撮ったけど異状なし。
湿布もらったり、首の頸椎のゆがみが
原因かもと牽引したり
何度か通って、どれも効果ないので
近くの総合病院の神経内科に
紹介状を書いてもらった。

なので癌の診断をまったく受けて
はないけれど、いまの肺がんにつながる
初診先はあくまでもこの医院となる。
何日が初診で何日まで通ったかなんて
詳細は覚えてはないし、
5年たった時点で領収書も処分してた。

でも、相談センターの人に
ここで証明書をもらうように言われ
ヨボヨボと行ってきた。

ところが、この医院がなんと
廃業していたガーン

駐車場にさえ入れないため
病院の入り口に貼ってある
貼り紙がよく見えず
たまたま今日が休みなのか
長期休業中なのかもわからず
とりあえず電話をしたら
「現在、使われておりません…」の
録音が流れてガックシネガティブ

おじいちゃん先生(整形)と
その妻(内科)が2人でしている
個人医院だったので仕方なし。

ヨボヨボで行ったのに(しかも2回)
膝から崩れ落ちたわ。
相談センターの人に確認して
2番目に行った病院の証明書を
とるようにとのことで
また別日にヨボヨボと申請にいった。

元気に動ける時には申請にあたいせず
状態が悪くなってからの申請に
なるのが障害年金なので
お金がかかっても社労士さんに
頼むというのは有効だと思う。
でも私はまだ頭が元気なので(多分)
自分でやり遂げたい。

一番の肝となる現状の診断書は
主治医によーくお願いしよう。



今は病気と折り合いつけて
日常を送れている方も
いずれ障害年金を申請する可能性
がもしあるのなら
記録をしっかり残しておくことを
おすすめします!

初診から、次にどこの病院に行き
最終的に今どの病院で治療しているか
日付やその経緯がわかるものが
残っていると便利。


私の場合は、
①初診の医院(癌の判断なし)→
②総合病院(骨転移あるが原発不明)→
③がん拠点病院(肺がんの診断、骨の固定手術、放射線治療、タグリッソ服用)
④今の病院(主治医の異動先に転院)
と4つの病院について書類作成中。




昨日、届いた新たなウィッグが
私には画期的だったので
次はこれについて紹介したい!