こんばんは!

 

申し込みを断られてどうしてこんな気分になるか自己分析してみた、

他にやることがないのかと突っ込みたくなるBorderです(^o^)/

 

気力:◼️◼️□□□

体力:◼️◼️□□□
頭髪:◼️◼️□□□

体重:73/70kg(目標)

 

多分人との接し方に関連しているのではないかと思います。

 

基本私は、人とのつきあい方は狭く深くになるタイプで、

友人となるにも時間がかかるタイプです。

 

その為、他人に話しも聞いて貰えず拒否されるつきあいかたをしていないため、

それが起こったとき、自分の全てが否定されている感覚に陥っているのではないかと。

 

まぁ、イジメにあっていたときの無視されるトラウマなのかもしれませんが(~_~;)

 

取り敢えず、心を無にして突き進みます(-_-)

 

昨日の続きです。

 

高校時代に特に大きなことはなかったと書きましたが一つありました。

 

阪神大震災です。

 

倒れた家が電線引っ掛かるなど、今までの町並みが一瞬にして様変わりした衝撃は今でも覚えています。

 

特にこれといってはお伝えする事もないので話をもとに戻します。

 

高校を卒業し予備校にもいかなくなった私は、家から早く出て親との決別を望んでいました。

 

ただ、生きて行くことを考えたとき

勢いだけではどうにもならないこともしっていました。

 

だから手に職をつけるため専門学校に通いました。

 

ただ、この頃からもう親には諦められたのか何も言われなくなりました。

 

なので私は今の仕事に繋がる知識をしっかり身に付けることができました。

 

ただ、予備校に通っていたことで1歳年上だったことと、

意識的に自立するとの目的で入った学校だったので、

周りの大学に行くきもないけど働くきもないからこっちに来た、という意識の人間とは

反りが合わず最初の1年はボッチでした。

 

取り敢えず勉学に励み三年になった頃ある事件が起こりました。

 

学校の授業が終わり家に帰ったとき、

幼なじみのA君から連絡があったと母から伝えられました。

 

その内容はY子さんが亡くなったというものでした。

 

私は意味がわからず、

通夜をしているからとのことでその会場に向かいました。

 

懐かしい顔が見える反面、知らない顔も多く見られました。

 

そこから後は葬式と続くのですが

何故亡くなったかは誰からも教えてもらえませんでした。

 

その後、文集を有志で作ろうとの事になり

私も参加する事になったのですが

出来上がったものを読んでようやく知ることとなりました。

 

自殺だったようです。

 

文集には中学時代の恩師も寄稿しており、複雑な家庭環境等色々な事が書いてありました。

 

そっか、

 

笑っていた彼女から感じた違和感はこれだったんだと、その時納得出来ました。

 

彼女に一度聞いた事があります。

 

それは私が彼女を一度怒らせてしまった事なのですが、その事で怒った理由がわからなかったからです。

 

その事を聞いた答えが

何か自分の悲しみを直視せず

受け止めず向き合わない事で

笑顔でいられる自分を守るといった

ように感じられたのです。

 

私は過去の経験から相手を観察し分析する癖がついてしまっています。

 

相手が何を求めているか、どうして欲しいかを考えそれを損ねないように極力動く癖があります。

 

だからこそ感じた違和感だったと思うのですが、

だからといって、私が彼女を救えたかもしれないとか、そんな烏滸がましいことはこれぽっちも考えていません。

 

ただ、この事でどうしても彼女に聞いてみたい事が出来てしまいました。

 

中学時代、何故私に構ったのか。

 

何故死を選んだのか。

 

彼氏もいて相談だってできたはずなのに。

(彼氏は小中高と一緒に通った数少ない私が信頼できる人間の一人でした。中学の時点では付き合っていなかったので、この時は少し驚きました)

 

そこから見えるこの世界はどのように写っているのかと。

 

ここから後ももう少し色々あるのですが、

今の人格形成にはそこまで大きく寄与していないと思うので、

以降は割愛させて頂きたいと思います。

 

この自殺についての件ですが、

私が救えたなどとは本当に

全く思いもしていないのですが、

彼女に対して、本気で向き合っていれば何か変わったのかなとは考えてしまいました。

 

その後中学の卒業アルバムを見返したとき時、気づきました。

彼女と一緒に写っている時だけ、写真の私は笑っているなと。