こんばんは!

 

正直なところ、自分が求められる気が全くしなくなってきていて、

断られる度に自分の全てが否定されている気分になっているBorderです(^o^)/

 

気力:◼️□□□□

体力:◼️□□□□
頭髪:◼️◼️□□□

体重:73/70kg(目標)

 

イベント参加でマッチングしても断られるってことは、

よっぽど人間的にも魅力がないのかな(>_<)

 

プロフィールと写真を公開して

お話し申し込みはしているのですが

全てお断り。

 

プロフィールを見て申し込んでもらって

返事を書いて写真が公開されたら全て返事なし(^o^)/

 

わかっていたけとそんなに醜いかぁ(-_-)

 

不幸オーラも出ていそうだもんね(~_~;)

 

今週末もイベントに参加してきます。

取り敢えずこれでマッチングしても返事が貰えないようなら、参加するだけ無駄なのかもしれません。

 

昨日続きです。

 

私が母に苛まれるなか、事態を悪化させたのは父の浮気でした。

 

父を拠り所にしていた訳ではないですが、

この事で、もう私は家庭に対して信じられるものは何もなくなり、ただ痛みにたえて生活するだけとなりました。

 

この頃を思い出して思うのはよく非行に走らなかったなと、、、

 

多分それは祖父の存在があったからかもしれません。

 

小さい頃から祖父は私に優しくしてくれていました。

私はそんな祖父が大好きでした。

きっとただ一人信じている人でした。

祖父は父の職業をつぐことを望んでいました。

私はその期待に答えたいと思っていましたが、私は優秀ではなくその期待に答えられそうもありませんでした。

 

その事から私は祖父を遠ざけてしまいました。

ただ、これ以上失望させたくないとの思いは強かったのだと思います。

 

単純に非行に走る度胸もなかっただけかもしれませんが、

その事もあり私は外ではいい子で居続けました。

 

その後、母の自殺未遂など色々ありましたが私は中学三年になりました。

 

冷たいと思われるかもしれませんが、この時私はその事実を前にしたとき何の感情も沸きませんでした。

 

因みに母の自殺未遂は対外的には倒れただけとして父から親戚筋には伝えられ真実を知るのは私を含む極一部の人間だけです。

 

母は1ヶ月程入院し家に帰ってきました。

 

ここから少し時が過ぎ中学三年になりました。

 

ここで一人のある女の子とクラスメートになります。

 

Y子さんと、ここではしておきます。

 

Y子さんは美人ではなかったのですが、

よく笑いあかるかったので

可愛いと評判で

同じ時間を過ごした中学生の間は彼氏も切れることなく続いているような女の子でした。

 

あまり周りと関わろうとしなかった私にも話しかけ笑う人でした。

 

ただ私はこのY子さんに対しては違和感を感じており、その違和感の正体はここから8年もの後に理解する事になります。

 

ともかくY子さんは何故か私に構い

卒業して別々の高校になるまではそれなりに交流があった方だと思います。

 

因みにY子さんが私を好きだったとかは100%ないです。

彼氏もいましたし。

 

私は、多分気になっていたのかもしれません。

このあたり私自身に対して自分がチョロいと思う部分で、

笑いかけてもらっただけで気になってしまうの件につながります。

 

取り敢えず中学時代はこの位なのですが、

私には反抗期というものがありませんでした。

 

色々な書籍で

反抗期を体験しなかった大人はひんまがるみたいなことが言われていますが

私はきっとひんまがっているんでしょうね。

 

ともあれ高校生になった私は、

すでに家族というものに対して信頼も感情もなく、ただ生きるためだけの集まりにしか感じられなくなっていました。

 

父と母は子供の為という理由で、世間体を気にし離婚はしませんでした。

 

母も何だかんだで贅沢が身に染み付き、

高収入の父からもたらされるお金は手放せなかったのだと思います。

 

高校は特にこれといって大きな出来事はありませんでしたが、こんな家庭環境であると勉学には励めず私の成績は下がりに下がりました。

 

最後はもうお情けで出してもらったと思っています。

 

卒業の時、周りが三年を思い起こし涙に暮れるなか何の感慨も思いでも対して無いまま私の高校生活は終わりました。

 

もはや父の職業を継ぐことも諦めていた私は、行くきもない大学を受ける為の予備校に通い始めます。

 

ただそんな状態で続くこともなく、

夏になる前に私は予備校にはいかなくなっていました。

 

明日に続きます。