26歳の秋、
私は医療保護入院となりました。
その頃、私にはまだ配偶者がいて
ヤツの借金問題に頭を抱えていました。
そもそも、
ずっと不安定だったのに
そこに借金問題まで降り掛かって
余計に不安定になっていました。
毎日毎日、
支払いは足りるかな?
借金は今月いくら返せばいいのかな?
むしろ、借金の総額はいくらなの?
そんなことばかり考えて
ただただ泣いている日々でした。
…なんでそんなヤツと結婚したのかは
それはまた違う時に。
そんな私の借金や離婚の相談を
親身に乗ってくれる
同じ職場の異性がいました。
彼を好きになるのに
時間はかかりませんでした。
元々、好意はありましたし
なによりタイプな男性でしたし、
仲良くなれたことは嬉しかったです。
…しかし、
私も彼も既婚者。
好きになったって
どうにもできないのが現状でした。
私の精神状態が不安だと
よく話を聞いてくれました。
だけど、家にいると
ヤツがいる。借金があるというストレス。
そのストレスから
まだ幼い子供たちにすら
ヒステリックを起こすようになりました。
ヒステリックを起こすようになり、
更に彼に相談を繰り返しました。
そんな彼に甘えすぎていたから
どんな関係でも繋がっていたいと
彼と距離を置くことができなかったから
もう自分でも
コントロールできないところまで
知らぬうちにきてしまっていました。
家にいればヤツがいる現実から逃げたくて
大量のアルコールと大量服薬とリスカ。
彼と距離を置かねば
心が壊れてしまうと思いつつも
私から離れないで
という矛盾を抱えながら
自殺未遂を繰り返しては
彼をも悩ませていました。
家では、離婚話を切り出しつつも
ヤツが離婚に応じる。というと
なんであんたは無責任なんだ!!
私の人生をめちゃくちゃにして
どう責任を取るつもりなんだ!!
子供たちには通り責任をとるんだ!!
とめちゃくちゃな話で
ヤツを叱責していました。
じゃあ、どうしろって言うんだよ…
とよく言われていました。
ヤツとは離婚したいはずなのに
ヤツといることはストレスなのに
自分から離れていくという現実が
自分から離れていこうとしているのに
自分が要らないから捨てられる。
というよくわからない依存心に
囚われ続けていました。
家ではそんなことを繰り返し、
家から出ると彼には心配してもらいたい。
だけど、彼と話したりしてはいけない。
職場でも彼を見つけると
心が苦しくなってしまい
ODを繰り返すようになりました。
辛い思いをどうにかしようと
リスカをしようと試みるも
腕ではみんなにバレてしまう。
そして、なにより
仕事に支障が出てしまう。
そう思って、
太ももを切り刻むようになりました。
トイレに行って
ズボンを脱いで太ももを切る。
そんなことを繰り返しているうちに
太ももを切ったって
私以外がわかるわけがない。
彼もわからないんだから
私を心配するわけがない。
と。
仕事はきちんとこなし、
いくらODをしていても
ODに慣れすぎてしまい、
頭の中はフラフラであっても
周りには気付かれないほどに
しっかりと仕事はしていた。
だから気付かなかった。
と後々に言われました。
仕事に支障が出るのは困る。
けれど、どうにか心配してほしい。
心配することで私を見ていてほしい。
と次に出た行動は簡単なもので
私は食べることをやめました。
1ヶ月半ほどで
体重は10キロ以上落ちました。
みるみると痩せていく私を見て、
彼は私を心配してくれました。
ヤツは、
食べない私に食べなよ。と言いつつも
私には何を言っても無駄なんだと悟り
必要以上には言わなくなりました。
別にヤツに心配なんかされなくていい。
職場の人からは
痩せたねー!と言われましたが、
ダイエットはじめたんですよー
と笑って過ごしてきましたが、
痩せていく自分が嬉しくて
痩せていく自分を心配してもらって
どんどん
食べることが嫌になりました。
食べない代わりに
私の食事は大量のアルコールと
大量の薬とタバコ。
大量のアルコールで
大量の薬を飲み込み
家にいる間は
フラフラで育児なんて
まともにできる状態ではないものの
最低限のことだけはこなしました。
アルコール、薬、リスカ、断食は
もう止まることを知らなくて
食事をとらなくなってから
2ヶ月くらいしたある日
私は職場で終業時間後に
倒れてしまいました。
彼が救急車に乗って
病院まで一緒に行ってくれたそうです。
長袖を着ていたため、
腕には無数のリスカ痕で
太ももにも無数のリスカ痕。
病院の救急処置室のベッド上で
目を覚ました時に
色んな感情が爆発して
その腕の傷を
自分で激しく掻きむしり、
血が沢山出てきていました。
その時の看護師が
たまたま中学時代の友人で
なにしてるの!!
と傷の処置をしてくれました。
大変だったんだね。
色々辛かったんだよね。
と声をかけてくれて
私は処置室で泣き叫んでいました。
それから、
精神科へ搬送され直して
入院の話をされました。
付き添いは、ヤツと彼。
というなんともカオスな状態。
ちゃんとする!!
リスカももうしないし、
薬ももう飲まないから!!
と約束をして、
その日は家に帰りました。
次の日、
私は仕事帰りにヤツと彼に
もういやだ。
私は死にたい。海にいる。
とLINEをして
大量服薬とアルコールを飲んだ後
海へと入っていきました。
10月の海。
波は高くて、寒かった気がします。
足元はフラフラで
砂浜で何度も転びながらも
しっかりと前を向き
海へ入っていったのを覚えています。
首まで入っていたところで
ヤツに私は引き戻されました。
本当に死のうと思ったのか
助けに来てくれるのが前提だったのか
それは今となっては
もう覚えていません。
でも、きっとヤツが来なかったら
私は今ここにはいなかったかもしれません。
駐車場まで連れていかれ
彼がいたのだけは覚えています。
その次の日、
子供たちを連れて
近くのイベントに遊びに行きました。
はしゃぐ子供たちを見て
幸せだなーと思う反面、
私はこの子たちを幸せにはできない。
ととても悲しかったのを覚えています。
プリキュアのショーを見ながらの
子供たちの笑顔が忘れられません。
そのイベント、
私が入水した海のそばの
大きな公園で開催されていました。
海の見える場所にある遊具で
楽しそうに笑う子供たちを見ながら
私は泣いていました。
夕方、帰宅して
子供たちに夕飯を食べさせ、
ヤツが帰宅してから
私はまたアルコールと薬を持ち
布団に入りました。
もう薬なんて残ってなかったから
帰りに薬局で買った
大きな瓶のパブロン。
200錠くらいあったのかな?
全てを一気に飲み尽くしました。
意識が朦朧とする中で
急に現実に対する恐怖が出てきて
また腕を切り刻み
奇声をあげて暴れはじめました。
襖は破壊。
壁に穴はあけるし、
布団もビリビリに破きました。
ヤツに押さえつけられて
長い時間、暴言を吐いていたと思います。
頑張って、
手元にあった携帯で警察に連絡をし、
殺される!!と叫んでいました。
警察が来てからは
ヤツが事情聴取され、
その間、
今度は警察官に取り押さえられました。
警察官にも暴言を吐き、
喧嘩をしたのを覚えています。
なんでお前みたいなのが警官なんだ!
だから犯罪が減らないんだ!!
パパー、助けて、殺されるよ!!
と。
暫くすると
救急隊員が家に入ってきて、
数人がかりでタンカに乗せられ
ぐるぐる巻きにされて
身動きが取れないようになりました。
そのまま、救急車で精神科へ搬送。
救急車の中では、
もう逃げられないと悟り
全く暴れたりはしませんでした。
精神科へ着くと
こないだみたいに大人しくしてれば
また家にかえしてもらえる!!
と思い、お利口にしました。
でも、入院だと言われ、
嫌だ!嫌だ!帰りたい!!
もうしないって約束する!!
と必死に抵抗しました。
だけど、入院はもう決定。
自分で歩いて病室まで行ける?
と言われた瞬間に
病院から逃げ出そうとしたけれど、
捕まってしまいました。
ベッドの上に押さえつけられて
鎮静剤を打たれそうになりました。
必死に抵抗して、
看護師を蹴り飛ばして
鎮静剤の針を折りました。
慌ただしくなる診察室内。
男性看護師4人がかりで抑えられ、
結局、鎮静剤を打たれました。
気付いた時には、
ベッドの上で点滴を打たれ、
オムツにバルーン
そして、3点拘束された後。
今が何時で…とかもわからずに
あー入院させられてしまった。
と落胆しました。
でも、もう逃げられないんだ。
と今までの力がスーっと
全部抜けた感覚を覚えています。
そんな感じで、
私は医療保護入院となりました。