と、いうのも、僕は今回“ 急性膵炎 ”再発を自覚した時点で三度の入院を覚悟して、病院長宛に「ある嘆願書」をワードで作成、署名、捺印して持参していました
| 僕がいま入院している病院のICUの差額ベッド代は¥72000/日です |
前回危篤になるまで病状が悪化して約20日間入っていた僕は請求書を見て腰を抜かしたものです
入院4日目の夜、車椅子に乗せられてICUに隣接する会議室の一室に連れ出されました
そこには、僕の担当医、そのアシスト役の若い医師、その2人を従えるように中央に内科医局長と名乗る年嵩の医師が待っていました
「TAMAさん、あなたの書面は目を通させていただきました」
「はい」
「いま、ICUを出るとあなたの死亡率は確実に跳ね上がる、それでも出たいですか?」
「はい」
「君は、高額医療制度というものを知らないのですか」
僕は、長くしゃべるのも辛いこともたえて、口を開きました
「もちろん知ってます。 しかし、その制度を使ったところで、保険負担額3割を一度は支払わないといけないことも・・・」
「もちろん知ってます。 しかし、その制度を使ったところで、保険負担額3割を一度は支払わないといけないことも・・・」
「高額医療制度に付随する、特別処置は、知っていますか?」
「患者に金銭的な余裕がない場合、あとから帰ってくる高額療養費を担保として融資が受けられる貸付制度があることも、初めから帰ってくるお金をを見越して負担する限度だけの支払いするのも知ってます」
「それなら、なんでその制度を使ってでも、より安全な医療をうけようとしない?」
「高額医療制度の手続きの煩雑さは有名で、僕も前回の入院でえらい目にあいました。 しかも、今回はもっと厄介なうえに事前申請が必要な手続きが必要です・・・
自分の身内を卑下するつもりはありませんが、うちの母にそれらをこなせるとは思えません」
自分の身内を卑下するつもりはありませんが、うちの母にそれらをこなせるとは思えません」
「ICUを出るとこれまで見たいな十二分の看護はうけられられんが・・・」
「覚悟しています・・・」
「・・・車すから立って歩いて見なさい」
「・・・・」僕は、看護師に点滴類を可能な限りはずしてもらい、脂汗と腹痛をこらえて会議室を一周しました
「ふん、内科の局内でも有名なのはホンマらしいな・・・私も長い間医者をやってるが重態度AでICUに絶対安静の患者がスタスタ歩くのを見たのは始めてのことや・・・」
僕は、点滴を繋いでもらいながら作り笑いで返すのがやっとでした
| 「で、君はいつまでこんなことを繰り返すつもりや?」 |
「・・・・」
「君の繰り返す、膵炎での入院が、心療内科的な病因からくる“ アルコール依存 ”によるものやってことはカルテ見てわかった・・・私は、同様の患者を何人も見てきた・・・ほとんどが示し合わせたみたいにインターバルが短くなっていって亡くなって行った・・・君、いつか死ぬよ・・・なんで酒をやめようとせん?」
「・・・・タナトス・・ですかね」
「死にたいから飲んでるんやな?」
「尊敬する作家の台詞やないですけど、首くくるほど度胸ありませんしね・・つまみは旨いし・・・けど、もうやめます、禁酒は無理やろうけど、自傷的飲酒する理由はなくなりました・・・ぶっ倒れる3日前のことですけどね・・・」
「その言葉、信じていいんやな。 はっきりいって、当病院が君を“ アルコール性膵炎 ”で見るのはこれが最後や、今後は私の権限で緊急処置以外の治療を拒否する、いいな」内科医局長はそれだけ言うと2人の医師を従えて退室していきました
「・・・・」僕は無言でICUのベッドに戻されました
翌朝起きると、開口一番、看護師が
「え~と、今日お昼1時から一般病棟にお引越しやね、お家には連絡いれときましたから」
| ( ̄◇ ̄; )エッ 寝耳に水とはまさにこのことでした |
午前中に、一般病棟の6階の看護師長が来て、一般病棟での決まりごと、その他通り一遍これで3回目になる説明を終えた後
「ホント、昨日の会議はびっくりしたわ」話題を変えてきました
師長さんの話によると、昨夜の定例会議で僕の一件も議題に提出され、各課の幹部級医師も各フロアの看護師長も、意見は否定的だったそうです.
ところが、たった一人の鶴の一声でひっくり返ってしまった
それが、TAMAを一喝したあの堅物内科医局長だったのです
.
僕は、こころの中で手を合わせました「へっ、またひとり頭の上がらない人が出来ちまった」
ICUから、一般病棟まではICUで担当の看護師の女の子が車椅子をおして運んでくれました
過去3回のICU生活で、どういう訳か必ずこの子が担当になってて、延べにすると1ヶ月近くべったり世話になったことになります。 じつは、この女の子某所の旧家の娘で、あと何年かしたら帰郷して、親の決めた許婚と結婚が決まっているという、今の時代ホンマかいなという境遇です。 京都に出て看護師になったのは、それまでのせめてもの親への反抗だったそうです
TAMAは前回の、入院の際。 外泊許可が下りてから、病院にもオババにも嘘ついて、一夜だけこの子の部屋に泊まりました
ICUから一般病棟に出るドアは、気密式になっていて、ボタンを押してから開くまで2人きりになる時間が30秒ほどあります
彼女は、TAMAの背中に体重を預けると耳元でささやきました
「なんで、また戻ってきたのか聞かんケド・・・負けんなよ」
ドアがゆっくりと開いていきました「ありがとう、さよなら・・・」