阿蘇まるごと検定に向けて!その3
阿蘇くじゅう国立公園
国立公園法が制定されたのが昭和60年(1931)。
そして、国立公園が誕生した年(昭和9年)の12月には、阿蘇は早くも『阿蘇国立公園』として指定を受けています。この陰には大正11年(1922)から10年間にわたり阿蘇市内牧で夏期大学を開催するなど、全国に阿蘇を宣伝した阿蘇国立公園の生みの親といわれる内牧出身の松村辰喜の尽力があったことを忘れるわけにはいきません。松村辰喜は阿蘇の火の玉と呼ばれた熱血漢で、阿蘇国立公園期成会の創立者として『九州の軽井沢』をキャッチフレーズに阿蘇を全国に売り込みました。
昭和61年(1986)には名称が『阿蘇くじゅう国立公園』(総面積72680ヘクタール。このうち熊本県内は54368ヘクタール)となりました。
※松村辰喜・・・明治元年(1868)阿蘇市内牧生まれ。小学校教師、21歳で坂梨小学校校長、その後、渡韓し安達謙蔵主宰の漢城新報入社、国事に奔走。後に熊本市議会議員、昭和12年(1937)没
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