― 夏は心臓の中に隠れたくなるの。んーうん、陽射しを避けるためじゃなくて・・もっともの憂い・・けれど眩くて、たぶん
そこは思春期のかくれが。
好きという感情を、誰かに知られるのがとても恥ずかしくて・・
― 瞳を胸に宿してしまった。・・だからなの、かな?
見つめると
― ドキドキする。
何か熱をおびた命のように
― 鼓動が高鳴るのかも?
そんな思いを秘めた視線に、黄昏れる空
カナカナカナカナ カナカナカナカナ カナカナカナカナ・・
悩みの森をこじ開けてしまったかのようにヒグラシが鳴き始めた。
― 涼しげな声に誘われ、浴衣にしたのだけれど・・
せつなくなるのは
― お祭り?
近づいてくる。祭りを呑みこんだ熱の気配。
― アー、お囃子がきこえる。
忍びよる闇の匂い。
暖まった空気が水蒸気を呼吸して、重くてのろい気圧の中を、息よりも蒸し暑い風が吹いた。
― 汗のせいなの? 肌が恋しかったりして・・
鼓動から溢れた汗が膨らみ始めたばかりの胸に流れる。小指にぬるい雫・・
子宮の中で聞いていたあの鼓動を
― フフ、思い出したりなんかして・・この音って、前世の胸の瞳からめぐりくる血液の音なのかな?
だとしたら
― ママがパパを見つめた時の・・
気温が体温を超えた。
イヤリングも脈打って・・耳たぶを赤くする。
― 何故かしら?
手鏡で何度もそこを見てしまう。
ヒグラシの声を聞いているここは
― たぶん、思春期のかくれが。
本当は勇気もなく臆病だから
― 心臓に籠もるしかなかったのだけれど・・
好きなひとを探そうとする曖昧な熱が、情熱に変わり
心臓の中から・・ひとりぼっちが見つめてる。そんな瞳に気づいて欲しくて
― 呟くの?
「かくれんぼするひとこのゆびとまれ」
誰にも見つけてもらえずに、皆が帰ったかくれんぼ・・
― 勇気もなく臆病だから・・
黄昏れた熱、ヒグラシの鳴く頃・・
薄暗い部屋の中にひとりでいると、近づいてくる地鳴りのような祭りの熱も、
― 胸騒ぎのように聞こえてしまって・・
胸の瞳が
キューン
あおいでいた団扇の手が止まった。青い朝顔を透かした扇の和紙が、黄昏れに浮かんだ胸の瞳を無意識に隠した。
― アー、もう・・
いたたまれなくなって、外へ・・
笛や太鼓が雑踏を連れている。賑やかな熱の川がどんどん人々を呑み込んで、そこやかしこに溢れだす。勢いに乗った不揃いの行進。日頃の憂さも、胸を締め付ける鬱も、地の果てへと追いやって行く。
― 華やかなものって・・どこかに寂しさを抱えているような気がしていたのだけれど・・
着地点のない祭りの混沌は、もっとふくよかでつま先の地平を曖昧にした。
― 凄いな。太陽を背負い神様を担いで、一日じゅう街を練り歩いてきたのに・・疲れを知らないのかしら?
お日様を見送っても激しさを増して・・
「ワッショイ・ワッショイ・ワッショイ・・」
― フフ、頭が浮いたり沈んだり・・何て大きなかけ声なの。
膨れ上った祭りのリズム。
― 首筋もあんなにも脈打って・・
「ワッショイ・ワッショイ・ワッショイ・・」
何時も通夜のようだったこの街がはち切れそうな勢いである。
遠雷からの風は亡霊のような熱を連れて、この喧騒を足早に抜ける。鳥居を潜り、燕のように参道を抜ける。両手を広げた香詩宮を抜け、杜の御神木たちの枝を揺らして、わけもなくはしゃいでいる。
涼しさが、胸の奥の混沌の森で熟れていた香気を刺激する。神代からの・・ぼんやりとした、それでいてどこか懐かしい香り。立ちのぼるもどかしい記憶、初恋?・・初めてのキス?・・それとも・・
― ねえ、風って声に変わったりするの?
鳴きをひそめたヒグラシの余韻の中を
― 何となく歩いてみたくなっちゃった。
薄い闇に包まれた人々の流れ・・影たちをさすらううちに・・どこかであなたを探してる。
山の端が優しく光って月の在処を教えている。
― ウ~ン、見つけられる、かな?
提灯化粧が続く街の灯も幻想的に黄昏れていく。
リーン リーン リーン・・
― この音、さっきから月の出を誘っているのにね。
熱の残っている空に、風鈴の響きが融ける。
リーン リーン・・
そんな宵待ちの響きをたっぷりと含んだ、ちょいと重い空気の流れが微かに聞こえる杜の奥にも、祭りの気配は届いていた。それは身体を持たぬものたちの内緒ばなしのように、草葉の陰を揺らしていた。
― 眠らない街。今夜は恥ずかしいくらい賑やかになるのかも・・
駅前の商店街から香詩宮まで、まっすぐ続いている提灯ロードを目指して、何処からともなく絶倫の輩が集まってくる。
狐の嫁入りのようにそこだけボーっと明るい。この怪しげな光で、参道脇を埋め尽くした露店が、月よりも一足先に黄色く華やいでいた。醤油やソースの匂いをこもらせ、限りなく陽気な匂いが溢れだしている。
この中に風鈴を商う店があることを確かめるかのように、時おり、遠雷からの風が吹いてくる。その一陣の涼しさは祭りの熱を心地よいものにして、記憶の森へ輝ける花粉を運ぶ。