えー、生きてます。おかげさまで。

(そうか…一年も経ったか…。)

新しい職場にて(仕事は相変わらず旅館業)頑張っております。以前の職場よりもより宿泊業らしい仕事を任されるようになって、やりがい感じながらやっとります。


最近とみに感じることは「ああ、年取ったな…」てこと w


では、「どう言うところ」に感じるのか。
記しておきたいと思います。






ずばり、「エネルギーの残量」について。

生きて、何らか「行動する」においては、必ず何らかの「エネルギー」が要る、というのは前から言ってる私の考えでした。
(人間関係はある種のエネルギーのやり取りだ、って論じたのは一体いつのことか…)
それは例えば「活力」と表現できたり、「溌剌さ」と言えたり、「心の力」なんて表現して鬱病に絡めて考えたり、と言ったもの。
また「名誉」や「プライド」「自尊心」なんかもこの辺に含まれる。

その事に、若い時(嗚呼この言い方が既に年寄りや…泣)はその事に全く気づかなかった訳で。

なぜか。




一つは、消費量や残量をはかるスケールがバカになってるから、もしくはしっかりしてないから。
もしくは、概念そのものが無いから。
例えば若い時は、全力で突っ走り続けて「気がついたらクタクタ」なんて事がしょっちゅう。
勉強にしろ運動にしろ、自分があとどんくらい活動できるかなんて気にもしませんでした。



もう一つは、
エネルギーの消費に気づかないほど、
(消費量に対する)エネルギーの残量が多いから。そして何もしなくてもすぐ回復するから。

つまり、年を取ったら、ソコに限界がくる。
まるで使い古したスマホのように、
「エネルギーを使い切って動けなくなる時」が、如実に、くる。
例えば、干さないといけない洗濯物を前に、でも立ち上がって手を出すことも億劫でできない瞬間が訪れたりする(例えが洗濯て生活感が泣)。

充電量の上限が落ちてくるということや、
消費量の増加(燃費の悪さ)なんかがあるかもしれないですし、
もしくは年長者としての環境の変化なんかもあるかもね。人間関係において等でもエネルギーは持ってかれるし…上側だけでなく、下側も増えるんだし。

いずれにせよ、加齢による変化はこの辺に感じられる、という点。




さて、上記のように放電すると次にどうせなならんか。当然「充電」が必要になりますよね。








「充電」て、どうやるの??????










そりゃ、人それぞれよね。








でも、あなた自身のその充電方法、ちゃんと知ってる?












自分に適した方法で“ちゃんと”充電してる?








昨今の年間自殺者数2万超なんてニュースと、どうしてもオーバーラップします。





失ったものを、ちゃんと取り戻せてるかどうか。

それって、とても大事じゃない?


















そんな事を考えてると気づいた時に「嗚呼年取った」と実感します。はい。