エビチリが食べたい。

ふと思って口に出して、しかしながら、その直後から乳がんの治療が始まってしまい、はや数ヶ月。
ずっと心の片隅にエビチリがいた。
Cook Doで自作することも考えたが、求めるのはお店の味。エビチリの素は購入したものの、何か違う気がして、食料品棚に保管したまま、時は過ぎた。
そんな募らせた思いを、叶える時が遂にやってきた…!
我が愛する妹が、中華料理店に付き合ってくれるのだ。放射線治療が想定以上に楽だったことも、背中を後押ししてくれた。

待ち合わせ場所に向かって、ゴトゴト電車に揺られていると、隣に座った若い女性が、先輩と思しき方と話している声が耳に入ってきた。

「◯◯営業所、キツイです」
「そうなんだ」
「もう人間関係が…」
ああー。それは、一番辛いやつ。

「△さん、全部の話題に入ってこようとして、全部の仕事に関わろうとするんですよ」
「あの人、そういうところあるよね」
「そうすると、また最初から説明しなくちゃならなくなって、全然進まなくなって」
「うんうん」
あれか。仕事の能力がないとか意地悪だとかの明らかな欠点ではないが、地味に面倒な感じか。

「結局、仕事が多いとか難しいとか、人が良ければなんとかなりますよね」
本当にそう思うよ。
つまらない仕事でも、気の合う人とやれば楽しいものね。

4月あるあるな話題だなあ、と思いつつ、先輩と一緒に、心の中で、うんうんと話を聞きながら、車内の時間を過ごす。

やがて、電車は目的の駅に到着した。
妹と合流して、いざ中華料理店へ。

季節のコースにはエビチリが入っていなかったので、残念ながら今回は頼めない。アラカルト一択である。

さて、どうしよう。
全部選ぶのが面倒な上、特に好き嫌いがないため、コースでお願いすることが多いのだが、うーん、うーん。
悩んだ末、前菜と、点心と、エビチリと、おこげをシェアすることに決めた。
肝心のエビチリには、大海老のエビチリと普通のエビチリの2種類があり、しばし熟考する。

「普通サイズにしようか。そのほうがソースがよく絡む気がする。エビチリの肝はソースとも言えるし」
「確かに」

判断は正しかった。
供されたエビチリの海老は、なかなかのビッグサイズだった。お口にぴったりの大きさ、もしこれ以上大きかったら一口では入らないという絶妙なところ。大海老である必要を感じない。
では、頂きます。
「…美味しい…」
幸せ。
そう、これが食べたかったの。葱の香りと、後からピリリとくる辛さと、プリプリの海老。優勝。

もちろん、他のメニューも大層美味しかった。
特に、おこげ。カリッとジュワッと食感と、鼻に抜ける香ばしさ。最高。

舌鼓を打ちつつ、家族や仕事の話をして、2時間ほど、のんびり食事をする。

昼夜を問わない犬の介護で、気持ちが擦り切れそうな自分を労う意味もあった、外食ディナー。
この日は犬の体調が落ち着いているように見えたので、お出掛けを決行したが、この後は、犬を看取るまで外食はしないと決めている。

心の栄養補給ができて、満足だ。