5月も半ばですね。


母の日や私の誕生日でいろいろ思い出す事が多くて切なくなったり、五月雨登校の次男を受け入れられない夫が不機嫌な態度を出してくる事とかがあって、また胸がぎゅっと痛んだり喉の奥がぐっと詰まる感じがある。



ドラマ「日曜の夜ぐらいは…」を見た。


民放でも生きづらさを抱える人達のことを描くドラマが増えてきましたね。

子供の未来を搾取する親なんて!と以前と同様に憤りを感じて、同時に、彼らと私にそんな違いはない、と感じた。

未来を失くしたのだから結局私も彼らと同じ事をしたんじゃないか。いや、亡くしてる時点で、彼らより子供を傷つけて未来を吸い取ってしまったのではないか、と苦しくなった。

やはりこれは私の罪なんじゃないか…と。



罪だとするなら、やはり償わなきゃいけない。

長男に向き合い、想い、祈る。

私が今出来る事に真剣に取り組む。

それしか無い。


命を持ってして、なんて考えたところで誰も幸せにならない。

犯罪によって遺族になられた方が死刑に反対する事と少し近い考えなのかもしれない。

まだ難しいけれど、「許す」という事が一番のキーワードなのかもしれない。



気持ちが沈んで苦しかったですが、少しは水面に顔を出せた気がしました。