タカハシさん から「ええことバトン」ってのが回ってきたぞ。

いろんなバトンがあったようだが、僕が参加したのはミュージックバトンだけ。そろそろバトン系も終わりかなぁと思っていたところに、これですよ。
「ええこと」。。。 考えたのは関西人かな。そのうち、「えらいこっちゃバトン」だとか「いんでないかいバトン」なるものが登場するのだろうか。「てーげーバトン」なんてものがあったら守備範囲広すぎて書ききれない!(笑)

まぁ、気を取り直して。


1)今日あったええこと

今日っていっても微妙な時間なので、今日これからあるいいこと。いつも出演しているBIGMOUTHで、なんと日本語のカバー曲ライブに参加させてもらう事になっている。僕のお気に入りの歌を楽しんで歌ってこようと思う。きっとええことになるはずだ。いや、そうありたい。できればそうであって欲しい。

・・・。。。


2)ここ数ヶ月であったええこと

春日山部屋の春桜さん、玉ノ井部屋の東桜山さんとお友達になったこと。
なかなか知り合えるものではありません。(>_<)

あとは、昔作った音源をCD化しようと思い立ったことかな。
(どんな風に出来るのか楽しみ。)


3)こんなことあったらええな

新しいライブハウスを開拓して新たな活動拠点を見つけたい。できれば僕の歌を気に入ってくれるライブハウスで。

4)次に回す5人

割と簡単といえば簡単なので、誰かに回そうかな。たーやんさん、いかがでしょうか。

昨日、BIGMOUTHの帰り、遅くまで飲んでしまったので、タクシーで帰ってきた。

小雨の振る中、いつものように個人タクシーを選んで乗り込み、一息つくと、運転手さんが「その楽器は何ですか?」と聞いてくる。

アコースティックギターですよ、と答えると、「アコースティックにもソフトケースがあるんですねぇ。」と興味深げ。何か楽器やられてたんですかと聞いてみると、「エレキもフォークもやってましたぁ。」と嬉しそう。

どうやら音楽経験者らしい。

中学、高校とギターを弾き、暴走族もしながらライブ活動もしていたらしい。
その後、じゃんけんで負けて、バンドでドラムをやったりしていたらしい。
今はもう音楽をやめて、そう、個人タクシーの運転手。

「最近はどんなことをテーマに歌っていますか?私らの頃は反戦歌だとか政治を茶化した曲を作って社会を小ばかにしていましたが。」って。

はっきりとは答えなかった。「色々な人の考え方があるので、今は多様化しているんじゃないでしょうか。」と答えたが満足してもらえただろうか。恋愛ばかりじゃ薄いし、戦争を歌うと嘘くさくなるし、政治を歌っても政治は変わらないということを知っているし。今はより内面を歌った歌が多いんじゃないかしら。

今の時代は、自分との戦いの時代なんじゃないかと思う。どうやって、生きていくかっていうテーマ探しみたいな。ステレオタイプが信じられないモノだってこと、みんな少しずつ気付いてきているんじゃないかな。


そんなこと考えながら窓の外を見ていたら、運転手さん、
「この前小室等さんを乗せたんですよ」って。

すぐに判ったんですかって聞いたら、「声でわかりました」って。
さすがだ。声で小室等さんだって気付くなんて、筋金入りのフォークファンだったのかもしれない。

いろいろ聞いてみると、中津川フォークジャンボリーのようなイベントを見に行ったり、嬬恋のポプコンに参加したりしていたらしい。プリンセスプリンセスって知ってますかって言うんで、「知ってますよ、元、赤坂小町ですよね。」と逆に突っ込むと「よく知ってますね。」って感心されてみたり。彼女らと親交があったようだ。

世でヒットしている曲の中には、彼が昔作った曲とそっくりの曲もあるそうで、「ああ、自分も可愛い女性ボーカルがいたらヒット曲を出せていたかもしれないなぁ。」と思うこともあるそうだ。

昔を思い出すというより、何となく未練があるような、それでいて今は今で今の生活を楽しんでいるような、そんな運転手さんでした。


音楽が本当に好きだったんですね。


僕は社会人になってから音楽活動を始め、30になる年に弾語りを始め、まだ4年目。
中一で始めた運転手さんとあえて比較をするなら、僕はまだ高校一年生だ。
「今が一番楽しいでしょうね。」と言われた。
そうかもしれないな。


音楽活動をしていると、その成功をどうしてもメジャーでのヒットに例えがち。そう思いたい人は思っていればいいさ。でも、時代は大きく変わりつつある。人々の価値観もメディアのあり方も変わってきている。

より、個に近づきつつあるメディア流通。そこに載せられるものも多様化していたっていい。

タクシーの運転手をしながら曲を作ったって、いいじゃないか。ねぇ、運転手さん。


さぁ、そろそろ目的地に着く頃だ。幾らかな。メーターの位置が下のほうに付いているせいかよく見えなかった。

「あ、メーター倒すの忘れてた・・・!」

「え?」


多分、普通に走ってきたら7000円くらいはしていただろう。


3000円にまけて貰った。
ありがとう、運転手さん。


小雨が降る中を小走りに自宅マンションへと急いだ。
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今日も食べ物ネタです!

本日出演のライブハウスBIG MOUTHでは毎回ミュージシャンにまかないが振る舞われます。ガーリック風味の焼き飯です。

これを食べたくて出演するミュージシャンもいるとかいないとか。
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夕べは深夜1時半まで会社にいて、現在も会社です。

やることいっぱいあるんだけど、さすがに集中力が持たないですね。

同期からおせんべいを貰いました。
毎月お世話になっている、能見台のぐりふぉれ屋さんで、僕のライブの後、毎回楽しめる、お楽しみコーナーが出来ました。

名づけて、アコステジャンボリー!!!

普段の弾語りミュージシャンのライブで、ライブ終了後、セッションさながらに自由な雰囲気でフォークソングを歌っていたのを見て、またやって欲しいと言ってくださった方がいらっしゃって、ぐりふぉれ屋のきょーこさんの呼びかけで、始まったイベントなのであります。

ジャズミュージシャンのライブの日には出来ない、フォークソングな夕べを皆さん一緒に楽しんじゃおうというこの催しは、毎月第一土曜日、僕のライブを第一部、第二部をこのアコステジャンボリーとして開催いたします。進行役はこの私、ブーニーこと浜野誠です。僕がぐりで一番庶民的なフォークシンガーだったので抜擢されたのでしょう。・・・多分。(笑)

まぁ、開催と言っても大それた形式ではなく、みんなで楽器を持ち寄って楽しく歌おうっていうコンセプトです。

第一回目の今回は、普段からよく遊びに来てくれる、福井誠さんと、酋長こと黒柳雅士さん

福井さんの「上を向いて歩こう/坂本九」から始まり、酋長の「yayaあの時を忘れない。/サザンオールスターズ」など、胸に染み入るナンバーの連続で、僕も含めてみんなで歌本片手に盛り上がりました。

第一回アコステジャンボリー
(写真左から 私、 福井さん、 黒柳さん)


最後はギター4本(他にも一人弾ける人が約一名いた!)で弦楽四重奏ばりの厚みのあるアコギ軍団と化し、能見台の夜に溶け込んでいったのでした!

第一回目は、僕の普段から大変お世話になっている仲間が駆けつけてくれました。これからも第一土曜日に開催いたしますので、普段ライブをやってみたいけど発表の場が無いなんて方や、しばらく楽器に触っていないなぁというリハビリを兼ねた方まで、アコースティックな楽器であれば何でもよいので、奮ってご参加下さい。

次回開催

9月3日(土)20:00~ 第一部/浜野 誠ライブ
        21:00~ 第二部/アコステジャンボリー

よろしく勇気!
今日は六本木ヒルズまで、お客様の障害対応に行ってきました。いや~、それにしても今日は外暑かったですね。暑さのせいか最近テンション下がり気味なのに怒りっぽくなってたりして。。。イカンイカン。


六本木のバー、ナイトカレッジ。マスターの大学さんが明日誕生日だそうで、先週ご本人様とママさんからメールを貰い電話まで貰っていた。飲みに来ませんか~という営業の電話だった訳ですが、その時僕は家でチキンカレーを作っていたので、今料理中です~なんて言ってお断りしていたんです。

(誰のために作ってんの?って聞かれたけど、もちろん一人で完食しましたYO!)

・・・。orz

ただ、今年海に連れていって下さったご恩もありますし、ちょうど六本木に来たしってんで、楽器屋に寄ったついでにプレゼント(安物ですが)を買って、向かいました。

ミニチュアのエレキギター(かなり精巧に出来ている)を買ったんですが、楽器屋でラッピングまでしてくれる訳もなくビニール袋だけだったので、どこかでラッピングしてもらいたいなぁ、と思っていたところ、六本木のアマンドの裏あたりに、花屋を発見!

外にきれいに陳列された癒し系の植物たちが、過ぎ行く人々の足を止める、そんな優しさあふれる店頭。

うし。ここがいい。

花屋で花を買いつつ、一緒にこのプレゼントもラッピングしてもらいましょうと思って、フラリと店に入る。




何か、入った瞬間、ちょっと嫌な感じが。。。

(無愛想な感じは忙しいから?)


店主と思われる男がレジで他のお客様の対応中で、もう一人いた姉ちゃんが小声で「決まりましたら声をかけてください~」と外国人労働者ばかりの回転寿司屋のようなことを言っていたので、声をかけ、花束を頼みました。予算を聞かれたので3千円くらいで、と頼むと、花の種類はお任せでいいですかっていうから、どんなのを選んでくれるのかなと思いつつ、はい、と答える。

その姉ちゃん、目も合わさずにさっさと外に出て行き、外に陳列しているコーナーのバケツからおもむろに出来合いの花束(しかも色キチ!)を鷲づかみにしておもむろにそれに紙を巻いているんです。

僕の花を選ぶ前に他の仕事をしているのかなぁ、と一瞬思ったんですが、他に客もいないので、「もしかして、それですか?」と聞くと、「そうですけど、他のものがいいなら最初から言ってください。」って言うんです。

その時点でちょっとカチンと来たんですけど、まぁ、大人なので、「あ、じゃぁ、この白いバラを一輪だけ下さい。」と頼みました。「それと、誕生日祝いなのでこのプレゼントも一緒にラッピングしてもらえますか。」と聞くと、「ラッピングは別料金になりますが」というので、「いいですよ。」と、答える。

外に出ていた店主にすかさず聞きに行く女性店員。ラッピングの値段は630円に決まった。(つつむだけなのに結構取るのね・・・。)白いバラは長さも揃えずかなり乱暴に透明シートに巻かれて、カウンターの上にボンと置かれっぱなし。(この一輪が840円かよ・・・。)

さて、肝心のラッピングはと言うと、まるで幼稚園児が生まれて初めて物を包みますというレベルの不器用さでなかなか進まない。

小学一年生の女の子が一生懸命やってくしゃくしゃになってしまうのであれば、泣いて喜びますけど、お金を取ってやろうとしている曲がりなりにもプロですよ、あーた。セロテープはベタベタ。合わせ目はスキマ空きまくり。表の和紙はホチキスで止めるわ、筒型に巻いて上下の余剰の長さを計算しないから、先に止めた底をもう一度外して巻きなおすわでもう、全然雑なやりくちなんですよ。。。

我慢しようかなぁと思ってたんだけど、リボンを巻く時に、ねじれたりボンでプレゼントのハコがくしゃっとなるほどきつく(シューマイのハコを縛るような締め方で)力を込めるもんだから、その時点で、もう、レッドカードです。

言葉を選んでいる余裕もなく、「ずいぶん雑ですね。」と笑いながら言ってしまいました。(コワッ。)

「はぁ?もっと違うやり方の方がいいでしょうか。」って聞いてくるんで、「はい、お金払っているんですからもう少し丁寧にやってください。」とお願いする。

だってそうでしょ?出来ないんだったら最初から「別料金」なんて言うなよ。
やったことねーんじゃん。その手つき。 とは言ってないですよ・・・。


傍にいた店主が、「うちは花屋なんでね~、こういうのはこんな風にしか出来無いんですよ。花だったらもっとちゃんと出来るんですけどね~。」とのたまった。


・・・・・。。。


蒸着!


赤射!!


焼結!!!


久しぶりに宇宙刑事になってしまいました・・・。


「え、だってこのバラだって、銀紙に巻かれた部分からくの字に曲がっているじゃないですか。これもすごく雑ですよね。」

って言ったら、その店主、これのどこがいけないんだと言わんばかりにバラの向きを買えて不満そうにしている。店主もそんなこと言われたことなかったんだろう。動揺の色が隠せない。

「もういいです。それじゃ、ラッピングもそのままでいいですから、もう少し安くしてくれませんか。」

と僕が言い終わるか終わらないかのうちに、店主から出てきた言葉。

「それだったらうちももういいよ。そんな言いがかりつけるんだったらうちももういいよっ。」

と早口に言ったと思ったらバラの銀紙を外し始めている。女性店員に「それも戻せ、戻せっ。」と指示している。

「文句を言うなら買うな」という意味らしい。

指示されるまま包みを解き、中のものを差し出す女性店員。

僕は無言でそれを取り、店を後にした。


花屋に入ってこんなに不愉快な思いをしたことは無い。

だって、花屋ですよ。皆さん。花屋って行ったことありますか?
小さな花束だって、そりゃもう、どこの花屋に行ったって丁寧に包みますよ。
少ない予算でもキレイに包んでくれて花が何十倍にもきれいになって満足して店を出る時のあの満足感。
誕生日プレゼントだったらカードまで付けてくれる気の使いよう。。。

この店には・・・。   カケラモナイ・・・。

暑さのせいで、怒る気力も無いのですが、もう呆れてしまって・・・。


今日はこんな話で、皆さんm(_ _)m・・・。


でも今日、改めて気付きました。

物を買ったときに、きれいに丁寧に包んでくれる人は、商品じゃなくて、心をつつんでくれているんだなぁ。と。誰かのことを思って買ったプレゼントを、より素敵にしてくれるだけではなく、買った人の気持ちまでラッピングしてくれるのでしょう。

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【今日の教訓】

受け取る人がいるなら、物は丁寧に作らなくてはならない。

どんなものであっても。

そして仕上げだって丁寧に。中身がいいだけじゃだめなんだ。



聴いてくれる人がいるなら、音楽は丁寧に。

プレゼントが、贈る人と受け取る人、そしてそれを提供してくれたお店のまごころで出来ているなら、僕が歌っている音楽も、歌う僕と、聴きに来てくださる方と、その空間を提供してくれているお店との、三位一体で成り立つものなんだ。

それを忘れずにやって行きたいと思う。



写真は今日も食べたメンチカツ。
(汐留、共同通信本社地下のカツレツ屋、ラートにて。)
写真で見るといまいちだけど、外はサクサク!中身はジュ~シ~。
ひき肉が荒引きなのでところどころ歯ごたえが残っていて食べ応えが
あります。(マイブームのきっかけとなったメンチカツです。)
メンチ
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仕事柄、外でランチを取ることが多いんですが、最近よく食べるのが何とメンチカツ。

今日は後輩達と一緒に銀座の梅林という有名な豚カツやで非常にたんぱくであっさり系のメンチを食べました。
まいう~!(^o^)
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終電を逃すと、タクシーで3千円台後半。

でもまだ電車があったので最寄り駅まで帰って来られました。

夕飯がまだだったので吉野屋にでも入ろうかと思いましたが、独り焼肉屋へ。
一人でかよ!

みたいな。
皆さんは自分のパソコンのデスクトップって、何になってますか。

僕のところは、大好きな特撮関係や相撲関係の画像を壁紙にしていることが多いのですが、お気に入りの画像をちょっとアレンジして、壁紙をオリジナルカレンダーにすることができるサイトがあります。

壁紙カレンダー っていうんですけれども。

画像の大きさに合わせて中央に配置したり、画面いっぱいに配置したり。縦と横の比率を間違うとTVで見る昔の映画(って言っても最近の人はわからないかな)みたいに細くなったりしますが・・・。

カレンダーに出来るってことが便利で、旅行に行ったときの風景の写真なんかをこのCGIで壁紙カレンダーにしておくと、いつまでも余韻に浸れたりして楽しいですよ。

お気に入りを近くに配置しておくことって、精神衛生上も役立ちそうですよね。
但し、目の前でパソコンの画像ばかり見ていると、視力落ちますよ~。(←経験者)
人にはそれぞれ自分の住む世界というものがある。


僕が今住む世界は、汐留で働くサラリーマンで、週末たまにライブハウスで歌っているウィークエンドミュージシャン、という世界だ。

普段この2つの世界を行ったりきたり、うまくバランスを取ってやっているつもりだが、2つの世界を持っていると、どちらか一方にいる時にどこか地に足の着いていない感覚に陥ることがある。

サラリーマンでいる間は、ミュージシャンがサラリーマンの振りをしているような気がどこかでしていて、ミュージシャンでいる間は、本当はサラリーマンというところにどこか引け目を感じていた。

どちらも一生懸命やっているのだが、どちらも中途半端になっているような気になることがあった。


このままじゃいけない、と思った時、きまって出てくる疑問。


「俺はサラリーマンを続けていていいんだろうか。」
「俺はミュージシャンを続けていていいんだろうか。」


いや、自分の意思、自分の責任でやっているんだからいいのだ。


誰も、今のあなたはそれでいいんですよ、なんて言ってくれるはずも無いし、神様だってそんなことに責任はもてない。思い通りにやるしかないのだ。

これは当たり券です。なんて言って売っている宝くじなんてないのだ。結果は結果。今を楽しまなくちゃ。


先日、経営者の方が書かれた本を読んだとこのブログにも書いたが、彼らは誰かに雇われているわけではないから、リスクの全ては自分で背負っている。「あなたの仕事はこれですよ。」なんて誰も指示してくれはしない。今やっていることが間違っていれば全て自分に返ってくる。だからこそ我武者羅だし、潔い。

僕がサラリーマンとしてものすごく自分を呪う時は、ふとした弾みでリスクが会社にあることを実感する瞬間だ。どうでもいいやって、投げ出しても自分には傷がつかないで、誰かが傷つくことがあるということを知ってしまう時だ。

だから、僕はお客様と直接対話の出来る営業の仕事が好きだ。その会社の、その担当者のために何をしてあげられるかということを考えるのが好きだ。自分の力が試されていると、思う。

僕の平日の昼間はそのような世界に生きている。


音楽の方はどうだろうか。

どんな活動をしたらよいか、何を目標にしたらよいか、なんて誰も何も教えてはくれない。あたりまえだ。これは自分がリスクを背負ってやっていることだ。だからこそ、迷っていてはいけない。

今やっていることが、数年後にどうなるかなんて、考えない方がいい。何かを始めたら、そのことに夢中になるだけでいい。見果てぬ将来のためにやっていると思ったら辛くなるだけで今が楽しくなくなってしまう。

今を何とかして、今出来る力の限りを尽くして輝かしい状態にできれば、それはいつか金字塔になるだろう。とにかく“今”、なのである。


先日、親しくしている力士の方が、名古屋場所で勝ち越しを決めた。前半黒星が先行したが、後半盛り返して連勝し、勝ち越しを決めた。取り組みが終わってそう時間が経たないうちに、携帯に「勝ちました!今場所も勝越しです!」と嬉しそうなメールが届いた。自分の世界を持ち、頑張っている人の姿は、輝かしいし、見ていて気持ちがいい。

自分もそうありたいと思っている。

今という時間は未来に繋がっている訳ではない。ただただ、今があるのみだ。今は未来のためにある訳ではない。今のためにあるのだ。


今を生きよう。