今年の夏の連休はなっっっがい。
特に予定を立てていないから余計に長い。
怠けている体をもとに戻すためにも
昨日は少しだけ職場に出勤した。


ポストの中には郵便物がどっさり。
請求書、依頼書、商工会の広報紙などなど。
夫は先に来ていたから手渡しだったのか?
火災保険の証券も届いていた。
残りはハガキサイズのあれよ。
新しい仕事場の土地を購入する為に
銀行融資をもらった支払い通知書凝視

その前に銀行からの引き落としはあったから
連休中のんびりしていた顔に平手打ちを
もらったのよね。
支払う利息額にため息がでるし
火災保険はお高いし。
もう笑うしかない無気力


この状況に義両親も立ったことは
あるんでしょうけど。
この大変さを知ったうえであのお姑、
「次の場所で家は建てるのー」って
私に聞いてきたのよね。
義両親は火災保険すらも離脱してるって
言うのに。
それだけ大変なことを知ってる人からよ。

あったまおかしいと思うわ。

今の職場の土地は義両親の代から

借りものですよね?

売ったお金を回せるわけでも無いのに。

だから義両親も移動しきれなかったのに。

何十年も前から市役所からの通達が来てたし

ご近所からの騒音クレームも来てた。

それでも義両親の代から移動が

無理だったんじゃないのか???


会社の設備融資は最長15年という

支払い年数が決められている。

義両親は仕事場ではなく自分達の住宅を

建てる為に銀行から融資をもらっていた。

支払い年数は今回の私達よりも長かった分

余裕はあったはずだ。

ましてや住宅を建てた土地は

義父のご両親のものだった。

だから住宅兼賃貸ビルを建てられたんだ。

お陰で家賃収入で支払いを賄えた。

どう考えても今の自分達からすると

お優しい状況に見えてしょうがないのよ。


今その土地が、相続分与でうまくいかず

裁判になってる。アホらしい。


それでもお姑は今のこの状況で

「家は建てるのー」って聞いてくるわけ。

自分の息子に聞けよ、と思う。

月々の額と何年支払いか聞いてみてよ。

知識がないにしても事業のお金周りを

見てきた人がこの感覚をもってないことに

「だからだよ」って思ってしまう。

こういうところが受け入れられないの。

それでいて自分が一番大変で困ってる人を

装うのはどうかしてる。



こうなる前から「おっもいなー、これは」
って思っていた私に姑は楽観的だった。
違うな、ポジティブと言うよりは白々しい。
「あたしは知らないけどー」って
語尾について来そうな言動が多くて
会えば毎回腸が煮えくり返りそうになってた。
元はといえばあなた方の問題だったのでは?
ってなってくるのよね。


今回の拠点移動で負担が大幅に増えるから
姑に対してはもっと腹が立つかと
思っていたけど。
以外にも私の気持ちは晴れ晴れしてた。

それは夫が現実的に目を覚ましたところが
大きい。
お姑に対してイライラしている私と
同じ立ち位置になった気がするから。


今までお姑の
「あたしはグジグジ考えないから」
「あたしはポジティブなの」
「あたしは楽観的なの」の圧が嫌いだった。
いや今でも嫌い。
これは楽観的っていうかな?って
ずっと違和感があったから。
ちょっと呑気すぎではありませんか
???って思ってたから。
夫にとっては大事な母親だけど、
その違和感を今は夫も察してる。
「簡単にものを言わないでくれ」
「ちょっと黙っててくれないか」
って言う態度を取るようになった。


物事を自分なりに考えながら
プラスになる将来を想い描いて
目の前のことに取り組む
それは楽観的だと思う。

考えたって一緒だと蓋をする姑のとは
全く違う。
単純に「なんとかなるのよ」って
言ってるだけなのは楽観的とは違うよね?
「なんとかなる」は自分でも人でも
気持ちを救いたいときに使う言葉よね。

お姑みたいに問題を見ないふりする為に
使うものではないよね。
自分を正当化する為に何も行動を変えないで
「なんとかなる」はないだろ。
見ないふりって悲観してるのと
一緒じゃないの?
それって前向きなの?
見ないふりしてる期間があってもいいけど、
ずっとそうしてるのは楽観的とは
言わないだろ。
もっと端的にいうならこの感情は
何だろうか???

お姑は私が悲観的だと思ってるのよね。
ほんとにそうだろうか?
いざとなった時に泣き出したのは誰だった?
どうしよう、どうしよう、って
頭だけ抱えて何も考えられなかった人だ。
結局は人に決めてもらって今がある。
それに安心してる。
なんなら、自分で考えもしないし
行動もしないのにその結果に不満をもらす人。

その場しのぎでしか想像してないからだよ。
それが楽観的だって言うのかしら?
きっとストレスは最小限かもね。
今のご時世でそれで生活できるなら
良いのかもしれない。
ただその場合、何かを手放さなきゃいけない
気がするけど。
お姑さまはさ、それが自分の身に起きた時
自分がどうなったか覚えてないのよね。
焦る気持ちと怒りと悲しいと怖さで
感情的になって息子に当たってたのを
私は見ているのよね。

それにしても
この経験をしてる人とは思えない程、
相手との距離の詰め方がおかしいし
相手の気持が汲めない人。
私よりも物事を多面的には捉えない人。
自分優先だから。


それを少しづつ夫も気づいてる。