龍洞寺を出て少し行くと

大きなトラス橋が見えてきます


橋の手前の広場「今渡の渡し場跡」

ベンチが舟の形です

木曽の桟(かけはし)、
太田の渡し、
碓氷峠がなくばよい…と謳われたのが
中山道三大難所の一つに数えられた
中山道・太田の渡し

石がピカピカして読めない

浮世絵には
今渡の渡しで木曽川を往来する
船上の旅人たちが描かれています

いまは船ではなく太田橋で河を超えます

太田橋は1927年に架けられ
今渡の渡しに代わる
渡河手段となりました

全長218m

こちらが岐阜市サイド(進行方向左手)

こちらが御嵩町サイド(進行方向右手)

新太田橋の向こうにダムが見えます
今渡ダムは1936年に完成しています
橋梁やダムを建造する技術が
ここの暮らしを一変させたのでしょう

太田橋で木曽川の対岸…
北側へやってきました
こちらは美濃加茂市なのか

マンホールも「みのかも」仕様に

ここからしばらくは
飛騨木曽川国定公園の川沿いを歩きます

先程歩いた太田橋が見えます

急に日射しが強くなってきました

ベンチに座り、
シャインマスカット休憩します

太田橋に別れを告げます

さあ、前進前進

右に見えてきた大きな施設は
文化会館「かも〜る」

雲に太陽が隠れると陽射しが和らぎます

アメンボを摸したオブジェ
私はゴキブリにしか見えず、
アメンボと知って驚きました

かも〜るの車止め

魚?
バルタン星人のはさみ?

かもーるに隣接するトイレに寄り
ネッククーラーを水に浸します


この木曽川の風景は
江戸時代の旅人も眺めたのかも…


木曽川を臨む堤防ウォーキング

木曽川の氾濫に備えてか
堤防と川までの間には十分な距離
2019年の台風19号のときは
どうだったのだろう

堤防歩きは一度終わりとなります

「芸術は爆発だ」の岡本太郎さんの
父・一平さん終焉の地の横を降ります

太田宿へ




脇本陣まで3丁
1丁で109mらしいので327m



旅籠小松屋さんには資料展示コーナー




脇本陣、立派なうだつが上がってます



太田宿 中山道会館




愛の聖地 太田宿
ヨーロッパでは愛をもたらすとされる
聖なる木・榎の大木があるので
中山道会館のパワースポットとして
プッシュしているそうです

これが推されている聖なる榎

とりあえず記念写真

ハートマークつき

地元民には宿のシンボルなのだとか…



④に続きます