濁川をわたった私たちは甚平坂へ

ゆるやかな坂を登ります

馬塚


開けたところに来ました

甚平坂
根津甚平に由来の地名
明治天皇巡幸のとき坂を整備し
坂の標高を2m下げたとか…
(皇室特権ならぬ皇室土木?)


下半分が草に隠れてるけど
たぶん「甚平坂」と刻まれています

中山道 甚平坂公園

今度は「犬塚」です

甚平坂の由来となった
根津甚平の化け鳥退治と馬塚、犬塚の話

化け鳥、雉がいたとは思いませんが
何かの喩え(隠喩)なのでしょうか

他のサイトによれば退治を命じたのは
源頼朝と明記されており
鎌倉幕府にとって都合の悪い勢力を
追いやった物語なのだろうか?

信州の桔梗ヶ原といえば塩尻にあり
甚平一行は悪者の雉を塩尻から
ここ大井宿甚平坂まで追いつめますが…


雉の毒気にやられたのか
馬が倒れ、甚平も絶命します

忠義の犬と一行は甚平が亡くなっても
雉を西へ追い掛け
日吉(岐阜県瑞浪市)までいったところで
犬も力尽きます

日吉まで逃げた雉は
その後、姿を現すことはなくなり
塩尻をはじめとする中山道(東山道?)は
旅しやすくなったと言われます

また雉が逃げ込んでから
日吉は物騒な問題が続いたため
「たたりだ」と村人が恐れ
日吉大明神を建てて、たたりを鎮めたそうです

犬塚



犬塚から少し甚平坂を登ります


おおー
見晴らしがいい

曇っていなければ
雉や根津甚平が追い掛けっこしてきた
東濃が一望できたはずです

石碑いろいろ



ようするにこの絵(↓)のことです
この坂から北方…御嶽山などを眺めた景色を描いたのではないか…と


初蛙 広重の絵の 峠かな (橋本鶏二)

春に詠まれた句だそうです
この日は5/1、詠み人と同じ景色を
私たちは眺めているのかも…


曇り空でなければ
もっと素晴らしい景色なのだろう…と
ネットを探すとこんな感じらしい



天気に恵まれなかったことが残念です

この公園の一角には東屋があり、
風景を楽しみながら休むことができます


前日「すや」で購入した
栗きんつばを食べてエネルギー補充

写真と風景を見比べ
山の名前を確認します



きんつばを食べて出発すると
団体客のみなさんがやってきました
静かに景色を楽しめてよかった

坂の説明ですが、
化け鳥の伝承はスルーされてます


出発してから気づきましたが
中山道甚平坂公園はちょっとした
ビュースポットとして整備され
30周年を迎えた観光名所のようです


浮世絵に寄せて外国人観光客を
ターゲットにしているのかしら?





江戸から87里目の一里塚は
関戸にあります




④に続きます