中仙道 こうのす

 
 
 
 
熱中症予防のために休憩させていただいた
加美町のファミマを15時過ぎに出発
 
 
いざ熊谷方面へ
 
JR高崎線の第三中仙道踏切を通過
 
 
日差しが強く影が濃くなります
 
 
神社です
 
氷川八幡神社
 
街道と歴史の説明
 
ここは渡辺綱…箕田源氏の故郷
 
 
 
 
渡辺綱は実在の武将ですが
妖怪退治の逸話(作り話)で有名です 
 
ちなみに全国の「渡辺」さんの大元は
この渡辺綱だと言われているそうです
 
渡「部」、渡「邉」の場合はどうなのか
私は存じませんが…
 
 
私たちは前進します
とくに見るものはなく
もくもく淡々と歩きます
 
ひとつ気づいたことですが
先ほどのコンビニを最後に
しばらく休憩ポイントがなくなりました
(結局、吹上駅付近まで数キロなし)
 
 
 
中宿橋を越え
 
 
交差点「箕田追分」へ
 
看板があります
 
箕田の案内です
 
 
私たちは直進するのですが
右前方の道は忍道と呼ばれ
そこを進めば「石田堤史跡公園」があります
 
 
 
 
石田堤は
石田三成の築いた堤です
 
 
うえの記事にもあるように
ヒットし映画化された小説「のぼうの城」に
この堤は登場します
 
 
豊臣秀吉が関東の北条氏を攻めたとき
これといった武功のなかった石田三成に
この近辺の北条方の拠点だった忍(おし)城を
攻めさせています
 
 
石田三成が率いる豊臣2万に対して
成田長親は500で忍城に立てこもります
 
忍城は私たちのいる場所からすると
数キロ先の行田(ぎょうだ)にありました
 
石田三成は忍城を力攻めせず
28kmの堤防を築き
利根川、荒川(いまの元荒川)から
水を流し入れて水攻めにしました
 
築堤により城の水攻めは豊臣秀吉が
毛利征伐のときに行ったもので
石田三成はそれに倣いました
 
ちょうど雨季だったため
石田三成の想定以上の水量となったか
北条に有利にしようと手抜き作業があったか
堤防が決壊し、忍城攻略は失敗に終わります
 
 
 
 
石田三成は後年関ヶ原で戦いますが
このときの失敗…戦下手…というイメージは
ずっとつきまとうことになります
 
 
 
 
そのことを考えると
後世に影響のあった堤となるわけですが
今回の旅では立ち寄らずスルー
 
 
ときどき沿道の民家の敷地内に
鳥居や鯱などがあり
水害への不安から信心深いのかな…と
感じました
 
 
また石碑です
 
ここは中山道 前砂村
 
池田英泉の「鴻巣・吹上富士」は
このあたりで描かれた
 
池田英泉とは渓斎英泉の別名で
鴻巣・吹上富士は木曽海道六十九次の一枚
 
 
 
(´・ω・) … 
 
富士山は見えない
天候の問題??
 
 
さぁ前進です
そろそろトイレにも行きたい
進まないと休憩できるところもない
 
 
前砂の一里塚を通過
 
 
住宅内の案内板
ガイドブックによると「ここから西は忍領」
 
つまり石田三成らが包囲した忍
このあたりは水浸しになったエリア…
 
 
 
吹上駅方面へ
 
JR線の脇を歩きます
 
かっこいいNTT施設のシルエット
 
このあたりが中山道の「間の宿」吹上
 
第四中山道踏切を渡ります
 
 
手書きの「中山道」のルート案内
こういうのがあると安心します
見てくれよりも気持ちの問題なんです
私はこういう手書きの味わいは好きです
 
 
眼病に良いらしい…
でも私はトイレに行きたいのでスルー
 
 
おお、ローソン!
 
 
(´・ω・) … ふぅー、2時間ぶりの休憩
 
 
ちょうど吹上駅交差点だから
今日はここでお仕舞いにしよう
 
 
(´・ω・) … 
 
三ツ矢サイダー、イッキ飲み
 
この日は最高28度と暑かったこともあり
それまで1日歩いても二人で
500mlを1本飲むかどうかでしたが
道中でお茶2本&ここでサイダー1本と
かなり水分補給しました
 
 
吹上駅付近の十万石
 
「うまい、うますぎる…」の
キャッチフレーズで有名なお饅頭…と
ケンミンSHOWで紹介されていたので購入
 
 
埼玉銘菓 十万石まんじゅう
 
店内には行田市の足袋屋が舞台になった
「陸王」コラボのお饅頭も紹介されてました
 
 
さぁ、そろそろ電車の時間です
 
 
2018年4月21日の歩行記録
・スタート 桶川駅
・ゴール 吹上駅
・28千歩、15.5km
 
 
 
 
「途中下車してでも食べたい」と
雑誌で紹介されていた大宮駅京浜東北ホームの
駅めん屋にて「佐野ラーメン」を食べました
 
 
 
 
( ・∀・)ノ … うまい、うますぎる!
 
 
 
 
お土産もたくさん