中仙道 こうのす
渡辺綱は実在の武将ですが
妖怪退治の逸話(作り話)で有名です
ちなみに全国の「渡辺」さんの大元は
この渡辺綱だと言われているそうです
渡「部」、渡「邉」の場合はどうなのか
私は存じませんが…
私たちは前進します
とくに見るものはなく
もくもく淡々と歩きます
ひとつ気づいたことですが
先ほどのコンビニを最後に
しばらく休憩ポイントがなくなりました
(結局、吹上駅付近まで数キロなし)
看板があります
私たちは直進するのですが
右前方の道は忍道と呼ばれ
そこを進めば「石田堤史跡公園」があります
石田堤は
石田三成の築いた堤です
豊臣秀吉が関東の北条氏を攻めたとき
これといった武功のなかった石田三成に
この近辺の北条方の拠点だった忍(おし)城を
攻めさせています
石田三成が率いる豊臣2万に対して
成田長親は500で忍城に立てこもります
忍城は私たちのいる場所からすると
数キロ先の行田(ぎょうだ)にありました
石田三成は忍城を力攻めせず
28kmの堤防を築き
利根川、荒川(いまの元荒川)から
水を流し入れて水攻めにしました
築堤により城の水攻めは豊臣秀吉が
毛利征伐のときに行ったもので
石田三成はそれに倣いました
ちょうど雨季だったため
石田三成の想定以上の水量となったか
北条に有利にしようと手抜き作業があったか
堤防が決壊し、忍城攻略は失敗に終わります
石田三成は後年関ヶ原で戦いますが
このときの失敗…戦下手…というイメージは
ずっとつきまとうことになります
そのことを考えると
後世に影響のあった堤となるわけですが
今回の旅では立ち寄らずスルー
ときどき沿道の民家の敷地内に
鳥居や鯱などがあり
水害への不安から信心深いのかな…と
感じました
池田英泉とは渓斎英泉の別名で
鴻巣・吹上富士は木曽海道六十九次の一枚
(´・ω・) …
富士山は見えない
天候の問題??
さぁ前進です
そろそろトイレにも行きたい
進まないと休憩できるところもない
(´・ω・) …
三ツ矢サイダー、イッキ飲み
この日は最高28度と暑かったこともあり
それまで1日歩いても二人で
500mlを1本飲むかどうかでしたが
道中でお茶2本&ここでサイダー1本と
かなり水分補給しました
吹上駅付近の十万石

2018年4月21日の歩行記録
( ・∀・)ノ … うまい、うますぎる!












































