09年にリリースされた

a-ha のラスト・アルバム

「Foot Of The Mountain」 の収録曲


What There Is / a-ha

http://www.youtube.com/watch?v=E4C5xE2zVwE





空っぽのグラスが

また満たされる

椅子がまた

きしんでいる


そよ風がやさしく

君の髪をなでつける

まだ

そこにいられるうちに

挨拶をしてくるがいい


そこにあるのは

かつてもあったもの

ぼくらがいなくなっても

ずっと残るもの


記憶になく

思い出すこともない

まったく

思い返すこともない


君のサングラスが

ずり落ちそうになっている

おしまいにするための

手続きをしてしまおう


そこにあるのは

かつてもあったもの

ぼくらがいなくなっても

ずっと残るもの


君のサングラスが

ずり落ちそうになっている

おしまいにするための

手続きをしてしまおう


君さえその気なら

そいつに

価値をつけることができるだろう

口ぶりをよそおって

ひとびとに

自分に都合のいい事実で

もっともらしい理由を与えればいいのさ


ひとびとの口々に

自分を分別ある人物のように

語らせることもできるだろう

自分にうまくスポットライトをあてれば

うまい具合に

やりかえすこともできるだろう






以前も触れましたが…


元ネタは

94年にマグネが

a-ha に関係ない

はじめての音楽活動として

リリースした次の作品


Ti kniver i hjertet (ottos tema) / Timbersound

http://www.youtube.com/watch?v=-GWebx7pWVs


ティンバーサウンドでの

マグネの活動は

ポール・ワークター・サヴォイが

奥さんらとともに

Savoy として始動するよりも

半年ほど早い


ポールからすると

a-ha の

6枚目のアルバムのために

ソングライトしていたら


モートンがアルバムを発表して

マグネもこの曲をリリース


完全に出し抜かれたかっこうだった



その後

a-ha を再結成し

アルバム3枚を制作し


フット・オブ・ザ・マウンテンと

のちに名づけられる

4枚目のアルバムを準備していたころ


モートン、マグネから

解散の打診があったか

彼らのソロ作品から

その意向を察したのだろう


そして

ポールは

マグネの作品をベースにして

強引な共作をつくりあげる

(ひょっとしたら、すでにストックされていた?)


フット・オブ・ザ・マウンテンは

マグネの

a-ha 以外の世界への

想いをつづった

ロンゲスト・ナイトを一部残しつつも

サビを新たに作り直し

a-ha に残るのも

それを終わらせることもできるんだ

とも解釈できる歌詞をつけている


ナッシング・イズ・キーピング・ユー・ヒアでは

マグネの

ナッシング・ヒア・トゥ・ホールド・ユーの

タイトルやテーマをヒントにしつつも

そんなに

a-ha から離れたいなら

そうすればいいじゃないか

だって

もうここにはなにもないんだろう?と

突き放す


そして

このワット・ゼア・イズでは

マグネのソロ活動(ひとりじゃないけど…)

第1作目の

インストゥルメンタル作品をもとに

メロディーを強めただけでなく


サングラスで視線を隠して

もっともらしい事実と理由で

自己正当しようとすれば

それはできるだろうさ、と

暗に非難するかのような歌詞をつけています


しかも

クレジット的にみれば

ワット・ゼア・イズは

作曲はマグネとポールの共作

歌詞はポール

モートン・ハルケットがそれを歌うのだ


いや

フット~、ナッシング~、ワット~のどれも

モートンに歌わせるのだ


モートンに対しても

ポールは

モートンのシングル

ダークスペースをイメージさせる

シャドーサイドで

お前はまた自分を追い込むのか、と

非難しています




ワット・ゼア・イズの最後の一行


You Can Make Two Wrongs A Right.


ネットによれば


Two Wrongs Make A Right.


Wrong(悪事)にWrong(悪事)で応じるのが

正義(Right)ということから


「やられたら、やり返す」


という意味になるのだとか


こじつければ

次のような位置づけで

非難しているようにも解釈できる


2つの間違い・悪事≒マグネとモートン

ひとつの正義≒ポール





サングラスと訳しましたが

Your Dark Glasses という

ことばが歌詞にありますが



これも

曲解すれば

君たちは

きちんと

ありのままに

ものをみれていないんだ…と



見解の違いと

自分の正しさを

暗に匂わせているように感じます



また

Dark には

「腹黒い」「邪悪な」という

意味もあります


ポールにとって

a-ha は

自分のつむいだ

メロディー、メッセージの発信装置であり

いわば自分の分身


それを

自分の利潤のためだけに

利用したり

解散させようとするなんて

邪悪な考えとしか

理解できないのかもしれません



もし

ポールが被害意識があるなら

(被害妄想だとしても…)

そういう意味も

ふくめて

この歌詞を選んでいるのかもしれません


歌詞のなかに

こういう一行もあります


You Can Set Your Name In Lights


 ♪

  自分にうまくスポットライトをあてれば



ここは

ラスト・アルバムから

シングルカットされた

ナッシング・イズ・キーピング・ユー・ヒアの

出だしの歌詞を連想させます


The Lights Change On The Hill


 ♪

  光によって山 (a-ha) の陰影は変わる



スポットライトや光の当て方

メンバーの立ち位置によって

a-ha という活動の捉え方は

変わるんだ…と



そして

光によって影がうまれる


スポットライトがあたるひとがいれば

影にまわる者もいる


 ♪

  もう一度
  シャドーサイドに落ちてしまう
  そんな自分をみたくはない
  君にシャドーサイドに追い込まれたら
  僕はおしまいだ



私は持っていないし

読んだことはないのですが…


a-ha のバイオグラフィーブック

「The Swing Of Things」 のなかに


ポールの作品は

他のメンバーと違って

個人的なテーマのものが多いとの

指摘があり

それがポールにとっては

ショックだったそうです



これらの一連の

ラスト・アルバムに提供された

ポールの作品は

まさに

個人的な見解による

断末魔のようなメッセージで

ある意味

考え込まされます


だからこそ

それを封じたいがために


モートンは

ウィール・ネバー・スピーク・アゲインで

口封じを試みたのかもしれません…




これらの解釈は

私の勝手な憶測ですが


ポールの作品には


なにげない

言い回しながら

なんとなく

そういう深読みをさせてしまうところ


そして

ときに

マグネの楽曲を下敷きにして

それを

やってのけるところがあり


なんとも

すごい

アーティストとして業の深さと

人間としての執念深さのようなものを

私は

そのなかに感じてしまいます…



読んで

不快になられる方が

いらっしゃるかもしれません


私の低レベルの英語力と

a-ha不仲という思い込みに

端を発する

妄想かもしれませんが…


とりあえず

書くだけ書いてみました



なんの裏付けもない

与太話として

読み流してくだされば幸いです