「人生とはチョコレートの箱のようなもの
開けてみるまで中に何が入っているかわからない」
―フォレスト・ガンプ 母の言葉より
その日俺は友達のカメラマンと屋外プールにいく約束をしていた。
ちょうど気持ちよく曇った8月最初の土曜日で、日焼けデビューするにはうってつけの日だった。
目覚めると挨拶もそこそこに俺は外にコーヒーとパンを買いに行き、妻は洗濯を始めた。
セブンイレブンから戻るとパンを妻に渡し、俺は掃除をすることにした。
「ほかに何かいる?」夕飯で使った食器を片付けながら妻が訊く。
俺は冷蔵庫のアスパラの寿命が近いことを思い出し、アスパラを茹でることを頼んだ。
クイックルワイパーをかけ終わるころにキッチンを除くと、アスパラをなべからあげている妻が見えた。
卵もあるし、トマトもあるが、妻はアスパラしか料理をしていない。
俺は急いでトマトを輪切りにし、フライパンに卵を二つ落とした。
卵があがるころにパンはやっと焼けた。
「ずいぶん時間がかかるね」俺は卵を皿にとりわけながら言った。
「ほら、うちのはオーブンレンジだから10分はかかるのよ」
妻は冷蔵庫からバターを出して、四角くきると私のトーストの上に載せる。
俺はねっとりと体に絡みつくような空気の中、水着一枚で平和島のプールサイドに立っている
強い日差しをうけて肩口からひざの裏までしっとりと汗が浮かんでいる
俺は足元からゆっくりと水面に触れ一気に体を水中に沈ませる
全身の体温がいっぺんに下がり、皮膚の上に滲み出していた汗が水になじんでいく
―――――そんなイメージを膨らませながら、バターを薄く引き伸ばしていく。溶けたバターがパンの表面をクリーム色にぬらし、追って乳製品特有の香りが鼻腔に立ち上る。おのずと喉奥がきゅっと縮んで小さな音を立てる。
「いただきます」待ちきれずそう言うと、トーストにかじりついた。
――――刹那。 予期せぬことが起こった。
下歯で感じられるはずだった歯ごたえがない。
まるでアッパーカットをすかされたような食感に驚きトーストを裏返すと、下半分が焼けていないではないか!?
「これ、どういうこと?」俺は、恥ずかしながら、かなり怒っていた。もう口はサクサク、ザクザクと味わうはずだったトーストの口になっていたからである。
妻は、きょとんとした顔をして「何が?」と訊く。自分のパンに満遍なく、ゴマペーストなる奇妙な薬味を塗りつけながら。
「何がではなくて、これはどうして半分しか焼いてないの?」
「いや、だから言ったじゃん、オーブンレンジだからって」
話が見えなかった。半分しか焼けないのは機能の問題だ。それはわかる。俺が聞きたかったのは、どうして裏返して両面焼きしないのかということだ。。
「ひとつ訊くけど、君の家ではトーストは半分しか焼けてなかった?」
「いや、うちのはオーブントースターだから両方焼けていたと思う」
「OK。それじゃ、君は今まで半分しか焼いていないトーストを出す家や、店に行ったことは?」
妻は少し考えると、たぶんないと思うと答えた。「・・・ていうか、覚えてない。意識したことないから」
「人生はトーストのようなもの
食べ見るまで、両面焼きかどうかわからない」
上はカリっ、下はふわっ
ウエカリシタフワのお得トースト」
そんな名前でクックパッドに登録し、つくレポがどこまでつくか見守ろうというところで話は終わった。時計をみると約束の時間から1時間は過ぎていた。