[杉村 富生先生の株式コラム 08月16日号] | ブー子のブログ

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[杉村 富生先生の株式コラム 08月16日号]




いまこそ、政治の出番なのだが・・・・

 政治は経済を越える!といわれています。「いや、そんなことはない。企業は国を頼らず、自ら生きる姿勢を貫いている」という人がいます。確かに、自助努力を怠れば世界的な競争に負けるでしょう。しかし、企業の力が及ばない分野があります。法人税、企業活動を制約する数々の規制、為替(円)などです。

 イギリスにはかつて“英国病”に悩まされた時代があります。それを救ったのは“鉄の女”サッチャー首相です。彼女はシティ(金融街)の改革を断行、金融街だけではなくイギリスの復活をなし遂げます。

 アメリカでは1979年夏~秋に“株式の死”論争がありました。「ウォール街は死んだ。この街が再び活気を取り戻すことはないだろう」とまで言われました。実際、NYダウはズルズルと下げ、1982年8月12日には776ドルの安値をつけています。アメリカがすっかり自信を失っていたころの話です。現在では想像できません。

 そのアメリカを蘇らせたのはレーガン大統領の「偉大なアメリカの再構築」を目指した改革の成果です。彼は企業の負担を軽減する施策に加え、事実上の国際標準の獲得戦略、規制緩和の断行、インフォメーション・テクノロジー革命の推進、ベンチャー・ダイナミズムの波の喚起などを推し進めました。要するに、供給サイドの改革→企業活動を元気づける政策です。

 この結果、死んだはずのウォール街は生き返り、NYダウは2000年1月14日に1万1722ドルの高値をつけ、2007年10月9日には1万4164ドルの高値まで上昇しました。実に、776ドル比18倍の急騰劇です。政治は経済を越える!好例だと、考えられませんか。

 一方、日本はどうでしょうか。エズラ・ヴォーゲル氏が「アメリカは日本に学ぶべきだ」とし、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と題する著書を出版したのは1979年のことです。そう、アメリカが低迷の極に陥っていたときです。

 日本は“ハイテク・ジャパン”として輝いていました。1982~1987年の中曽根政権下では大幅な規制緩和をはじめ、3公社(日本国有鉄道、日本専売公社、日本電信電話)の民営化が行われました。日経平均株価は1989年12月29日に、3万8915円の史上最高値を示現しています。

 ちなみに、これに相当するNYダウ(1989年12月28日)は2753ドルです。日経平均株価とNYダウの差は1対14もありました。時価総額は東証1部の600兆円に対し、NY市場は400兆円でした。1.5倍のスケールです。

 それがいまや、8月13日現在では日経平均株価が9253円、NYダウが1万0303ドルと逆転され、時価総額は何と、約4分の1になっています。国民の“富”が目減りしただけではありません。増えなかったという意味において、国民は多大の損失を被った、といえるでしょう。

 これこそがマネー敗戦の象徴であり、「失われた20年」のツケではないか、と主張しています。政治の迷走が国民の“富”を喪失させ、無為無策が円高を招き、産業の空洞化に拍車をかけています。
 
 主力企業(660社)の海外資産比率は34%に達し、5割どころか、7割を超えている企業もあります。従業員の海外比率が9割になっている企業もみられます。産業の空洞化は国内の購買力と雇用を奪うのです。

 子供手当てをもらっても就職先はありません。何かが間違っています。「この国を変えるぜよ」。今こそ、政治の出番です。まあ、期待はできませんが・・・・。