郵便貯金限度額の引き上げ | ブー子のブログ

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損したらどうしよう、と思ったら、やめればいい。
それはやりたくないことだから。

損してもいい、と思ったら、やればいい。
それはやりたいことだから。

 昨日政府は、郵便貯金の受け入れ限度額を現行の1千万円か
ら2千万円に引き上げることを決定したと報じられています。

 実におかしい! 今の政権がやっていることは実におかしい!

 私は昨年の選挙の際、政権交代が起きることを望んだわけで
すが、しかし、今の政権がやっていることは実におかしい!

 また、亀井大臣が関わっています。まあ、でも亀井大臣のこと
はこの際置いておきましょう。

 私が異議を申し立てたいのは、日本郵政の斎藤次郎社長に対
してです。

 10年に一度の事務次官などと言われた次官でした。そして、そ
の斎藤氏が次官を務めた大蔵省は、長年に亘って郵貯と民間銀
行のイコールフッティングの実現を目指して努力してきたわけで
す。

 郵貯や簡保の存在が余りにも大きくなりすぎると、単に民間部
門の収益環境を圧迫するだけではく、経済の効率化に大きく反
する結果をもたらしてしまう、と。専門的に言えば、資源の適正配
分が阻害されてしまう、と。

 そうした考えが基本的に正しいということは、ソ連の崩壊によっ
て証明されました。また、最近の地方の空港建設を巡る議論など
をみても、親方日の丸的な経営が如何に無駄と損失を生むかが
分かります。ですから、民営化が適当と思われるものは、民営
化することが望まれるわけです。

 私たちは、長い年月をかけて議論を行い、そして、郵便局の側
も、余りに規模が大きくなり過ぎることは適当ではないと認めてい
たわけです。

 今起こっていることは、それにも拘わらず、というこです。そうし
た議論とは正反対の方向に向かって郵便局が走り出している
のです。郵便貯金の受け入れ限度額を1千万円から2千万円に
引き上げる、と。

 一体、誰がそんなことを望んだというのでしょう。日本郵政の関
係者以外の者で、そんなことを望む人が一体どれくらいいるとい
うのでしょう。

 郵便貯金の限度額を引き上げる理由が奮っています。

 「全国一律サービスを維持するには、収益の源泉である郵貯や
簡保の規模拡大が不可欠だからだ」と。

 何故全国一律のサービスを維持しないといけないのか?

 地域が異なれば、少しくらい料金に差が出てもいいのではない
のか?

 確かに、過疎地などに住む人々の負担が余りにも大きくなり過
ぎれば、それは大いに問題でしょうが、少しくらい負担が高まって
もそれはやむを得ないと考えるべきではないでしょうか。だって、
それだけの経費がかかるわけですから。

 政府は、郵便事業の一律サービス維持の必要性を強調するの
であれば、何故国民の医療費負担の地域格差については問題
とすることがないのでしょうか。医療費の方が郵便料金よりも遥
かに国民の生活に影響を与えることは明らかではないのでしょう
か。

 50年も100年も前の時代だったら別ですが、今では携帯電話
やインターネットなども利用できるわけですから、郵便事業の相
対的重要度は落ちているはずです。

 ということで、全国一律のサービスを維持する必要もないし、ま
してや郵便貯金の限度額引き上げには全く納得がいきません。

 しかも問題はそれだけではありません。何と全国一律サービス
を維持するために日本郵政のグループ内の取引に課せられてい
る約500億円の消費税も免除する方針だとか。

 おかしい!

 医療保険改革法が成立したアメリカもおかしい!

 医療保険改革は、人工中絶を奨励する結果になるだとか、誰
は生かされ誰は死ぬべきだ、ということを決める死亡委員会を作
るものだ、というようなバカバカしい議論がなされるアメリカはお
かしい。

 いくら市場経済の原理を重視すべきだといっても、そんな議論
は市場経済の考え方とは全く関係がない。

 しかし、我が国において関係者が長い時間をかけて出した結論
と反対の方向に郵政事業を向かわせようとすることは、全く市場
経済の原理を無視したものだ。

 斎藤氏は、日本がどうなろうとお構いなしということなのか?日
本郵政の採算性さえ合えばそれでいいというのか? 自分を社
長に推薦してくれた亀井氏のお願いだから断れないというの
か? 

 亀井氏にモノ申す第二のウブカタは登場しないのか?