小野寺史宜『ひと』
人間関係に疲れたときこそ読みたい、優しさの処方箋2019年に本屋大賞第二位を受賞した、小野寺史宜さんの『ひと』を読みました。少し懐かしいお惣菜屋さんの甘いコロッケの香りと、優しい気持ちで包み込んでくれる、心がほくほくするような物語でした。感想をつづっていきたいと思います。ひとAmazon(アマゾン)1,568円2019年に本屋大賞第二位を受賞した、小野寺史宜さんの『ひと』を読みました。少し懐かしいお惣菜屋さんの甘いコロッケの香りと、優しい気持ちで包み込んでくれる、心がほくほくするような物語でした。シンプルに感想をつづっていきたいと思います。 しゃべろうと思わなければ、誰ともしゃべらずにいられる。独りになるというのは、要するにそういうことだ。お金を払うお客としてしか口を開かなくなる。あ、お箸ください、とか、いえ、特製のほうじゃなく安いほうの肉まんを、とか、そんなことしか言う必要がなくなる。 それはこわいことだ。p31あらすじ両親を亡くし、天涯孤独となった20歳の主人公・柏木聖輔。財布の中の55円を握りしめ、空腹の中、吸い寄せられた商店街の総菜屋で、50円のコロッケを買おうとしたそのとき、見知らぬお婆さんが現われる。最後にひとつ残ったコロッケを、お婆さんに譲ったことが、思わぬ縁につながって・・・。こんなあなたにおすすめ♢人間関係に悩む、不器用ひとに。♢社会に出て働くことに不安や恐怖を抱えているひとに。レビュー「主人公が、総菜屋で見知らぬお婆さんにコロッケを譲った」ことから始まるこの物語。もしも、主人公がコロッケを譲らなければ、この物語は生まれなかった。もしも、おばあちゃんが横入りしてこなければ、主人公は、財布の残金で最後のひとつのコロッケを買って、普通に食べて、それでお終いであり、この物語で描かれる、惣菜屋「おかずの田野倉」での人間模様は、生まれなかった。この物語はフィクションではあるけれど、現実の世界にも、ほんの些細な偶然の出来事が、人の運命を変えること、人の縁を生み出すことは、多々あるものだ。この物語の中には、色んな「ひと」が登場する。他人である主人公に温かいコロッケを差し出してくれ、さりげない優しさで見守ってくれるひともいれば、弱みにつけこみお金をたかる遠い親戚、優しさを利用する友人、マウントをとって恋愛を阻むやつ、と、主人公にとって良い人も悪い人も登場する。そんなたくさんの「ひと」にもみくちゃにされながら、自分はひとりではないこと、人と人とのつながりって思った以上に温かいのだということを体感していく物語。また、主人公はものに執着がなく、冒頭のコロッケのように、すぐに人に譲ってしまう。手に入らないものと知れば、最初から手を伸ばすことすら諦めてしまう。自ら進んでハズレくじを引きにいているかのようにも見える。よく言えば「無欲」なんだけど、周りの人間は、そんな主人公の姿がもどかしく、やきもきしてしまう。だけど、そんな主人公も「絶対に譲りたくない」と望むものを見つけることができた。新たな物語の始まりを予感させるような、爽やかなラストになっていた。感想人と関わることで、傷ついたり、絶望したり、裏切られ怒りや悲しみでやるせなくなったりすることもあるけれど、それでもめげずに、人と関わることを諦めないでいたい、そんな前向きな気持ちにさせてくれる物語でした。おそらく、「人間の温かさ」を際立たせようとしたら、もっと主人公の境遇を切羽詰まったものにしたり、世知辛い現実を描くこともできたでしょう。だけど、あえて著者はそれをしなかったのではないでしょうか。本書は人間関係に傷ついている人、絶望しかけている人に、「人ってやっぱり捨てたもんじゃない」ということを改めて感じさせてくれる優しい処方箋のような物語になっています。また、主人公は、自分の人生をどこかなげやりに半ば諦めて生きていました。けれど、職場の仲間やお客さんとの関わりをとおし、少しずつ自分の人生の譲れないものを見つけ、自分自身と自分にとって大切な人が主役の自分の人生を取り戻していく。今は見定められなくても、働くこと、人と関わることで、自分の軸が見えて来ることがある。社会に出て働くことへの不安や恐怖や、明確な目標が見つからず焦りを抱えているような、就活生の人にも、背中を押してくれるような物語です。【本の情報】出版年:2018年4月(単行本)発行元:祥伝社