3A、東京サバ女と弟

 彼女の弟の名前は博人といった。ヒロト、魚の名前と何の関係もない六才離れたサバさんの弟。
 六才ということは、サバさんが中学一年生だったとき、ヒロトはたった小学一年生ということだ。
 その頃、両親はわりと仲がよかった。家族は母方の祖母・良子とともに茨城県の潮来市に暮らしていた。家のすぐ近くにはあやめ園があり、毎年六月には紫色のあやめが華やいだ。

 六月といえば梅雨で、アジサイも咲き誇る時期だ。でもサバさんにとって、その時期はあやめの季節だった。そのあやめ園では、毎年「潮来の花嫁」というイベントが催される。元々は演歌の歌でヒットしたという「潮来の花嫁」を模して、川を渡し船で花嫁が下っていくというものだ。キレイなあやめが提灯に照らされて、川に映っている。そして風流な船や美しい花嫁。それらを見に観光客が訪れた。ほとんどは中年以上のおじさんやおばさん。でも、サバさんもその中に紛れ込み、「潮来の花嫁」を見学した。

「きれいだっぺ。」大人に紛れて、中学生のサバさんがため息をつく。
「うん。」横で手をつないでいる小さな弟もうなずいた。
「お前に分かるのか?」サバさんは思わず弟に聞いた。
「もちろんだっぺ。」小さな弟は、手をつないでいる姉を見上げる。
「そうか。」その頃のサバさんは、弟がそういう趣味があるとは知らなかった。
 もちろん、大人になってからも弟に女装趣味があるなんて思いもよらなかった。ヒロトが二十七才で自殺した時、彼は化粧をして女物のワンピースを着ていた。しかし元はといえば、彼をそういう道に向かわせたのはサバさんだったかもしれない。

「いいから、これ来てみろ。」中学生のサバさんは、小学生の弟に女物の服を無理やり着させた。
「いやだっぺ。」抵抗する弟に、サバさんは服を着させて化粧までしたりした。
「いやー似合うわ。」小さい弟を人形かモルモットのように扱ったことが、後年の過ちにつながったのだとしたら、それはサバさんにとっても苦い思い出だ。

SABA