1A、 東京サバ女の誕生

 彼女の名前は佐々場孝子といった。あだ名はサバさん、ターコ。どちらにしても魚介系。茨城県の潮来市出身の彼女は、東京暮らしに憧れてきた。引きこもりがちの冴えない弟が一人だ。姉である彼女自身は、サバサバと何でもこなす。それは東京暮らしで拍車がかかった。

 眼鏡がトレードマークの彼女は、コンタクトレンズなどといったものに頼るつもりもない。高校を卒業したら東京に出るつもりだったが、誠心女学院という近くの短大に入った。父親が「大学くらい出ておいたほうがいい。」と言ったのだ。

 その父親は彼女が大学を卒業する前に交通事故で亡くなった。すでに両親は離婚していたから、母親は特別悲しんだ様子も見せなかった(もちろん喜びもしなかったが)。

 母親は新しい男の人と再婚していた(事実婚だ)。もしかしたらそれが理由で離婚したのかもしれない。そこのところをサバさんはよく知らなかった。弟のヒロトが「なんで?」とか言っていたのは覚えている。だけど彼女は「一期一会」が人生だと割り切っていた。

 何も悟りきっているわけではない。彼女だって悲しかったり、嬉しかったりはある。でもそれを表にあらわすのが、人よりちょっと苦手なだけだ。

「大学出たら、どうするの?」と聞いてきたのは、同級生の西さんだ。サバさんたちは学校のベンチに座って、お弁当を食べている。もちろん自分で作ったものだ。
「え、ニシンは?」とサバさんは聞き返す。
「そうだな、東京、出る。」とニシンは言った。
「東京か。」ちょっと空を見上げて、サバさんは東京について考えた。

 彼女だって東京くらい行ったことがある。GLAYのコンサートにも行ったし。さすがに東京駅の人の多さには驚いたけど、みんな颯爽と歩いていたな。

「キオスクにも人が並んでるんだもんな。」サバさんは独り言のように言った。
「うん。」ニシンの目も憧れの東京行きへの憧れにあふれている。
「もう、就活してるっぺ?」とサバさんが聞いた。
「うん、ターコは?」とニシンもお弁当を食べながら聞いた。
「そろそろしないと。」サバさんはそばにある桜が散り始めているのを見た。
「するなら、今だっぺ。」とニシンは答える。

 それでサバさんが就活を始めようとしたその時に、母親の病気が発覚した。それから母親は一か月後もしないうちにガンで亡くなった。あまりのあっけなさに、サバさんも弟のヒロトも呆然とした。

「人はいつか死ぬ。」と言ったのは、祖母のヨシコだ。その目には涙が見て取れた。
「わからない。」とサバさんは答えた。
「なんで。」と高校生の弟がつぶやく。父親が死んだときとまったく同じリアクションだった。死を目の前にしたら、すべての出来事が冷たく思える。もしくは、バカらしく見えた。
「残念です。」と言ったのは義父の久慈等(クジラ)さんだった。

 義父といっても母と籍は入れていない(愛人?)。佐々場というのは、母親の旧姓である。両親が離婚してから、サバさんはサバさんになった。その前は亀田という父親の名前だった。

「クジラか。」サバさんは目を向いた。この男には何の恨みもない。どちらかといえば、サバさんはこの義父に好感を持っていた。死んだ実の父・幸喜よりも優しかった。
「ターコ。」と気丈な祖母が言う。サバさんにとって母親は母親だが、祖母にとっては娘なのだ。娘を自分より先に亡くすというのは、どういう気持ちなのだろう。お通夜や葬式があって、慌ただしい日が流れた。サバさんは就活どころではなくなった。

SABA