日々是本日

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bookudakoji の本ブログ

 昨年の12月に吉野源三郎「君たちはどう生きるか」の岩波文庫を読んだので、感想を一連の記事に書いた。

 

 

 その後、NHKの番組「100分de名著」のシリーズでこんな本があったので読んでみた。

 

▼池上彰「別冊NHK100分de名著 読書の学校 池上彰 特別授業 『君たちはどう生きるか』」NHK出版2017

 

別冊NHK100分de名著 読書の学校 池上彰 特別授業 『君たちはどう生きるか』 (教養・文化シリーズ)

なぜ、戦争はなくならないの? 人間にとって、本当に大切なことって何だろう? 豊かさとは、友だちとは、歴史とは、真の英雄とは─。第二次世界大戦前の1937年、名作『君たちはどう生きるか』で児童文学者・吉野源三郎が投げかけた永遠のテーマを、池上彰とともに考える。

はじめに── いま、君たちに一番に読んでほしい本
第1講「豊かさ」について
第2講「友だち」について
第3講「歴史」について
第4講「どう生きるか」について
特別授業を受けて── 生徒たちの感想

読書の学校は、「NHK100分de名著」のコンセプトはそのままに、人気の著者が自ら名著を選んで中学校・高校に出向いて特別授業を行う、NHK出版独自の新シリーズです。今回は、ジャーナリストの池上彰さんが、2017年7月7日に東京の武蔵高等学校中学校をおとずれました。なお引用については、吉野源三郎『君たちはどう生きるか』(岩波文庫、第74刷)に拠っています。このテーマの放送はありません。

※上記バナーの Amazon 商品サイトより引用

 

 NHKの番組「100分de名著」の別冊であるが、紹介文にある通り、特別授業のテレビ放送はされていない。

 

 前書きにあたる「はじめに」には、「いま、君たちに一番読んで欲しい本」という副題がついており、冒頭では読書の素晴らしさが語られる。

 

 よい本との出合いは、人生の宝物です。知識への扉を開いてくれるだけでなく、本を読むことで物語の世界に旅したり、歴史上の人物の波瀾万丈をいきいきと追体験したりすることもできます。本を読まない人が増えたと言われますが、そういう話を聞くたびに残念な気持ちになります。

 一冊の本が、ときに心の支えとなり、あるいは道しるべとなって、人生を大きく変えることもあります。そのときは気づかなくても、豊かな読書体験は、悩んだり迷ったりしたときに効いてくるものです。(p4)

 

 読書の薦めとしてオーソドックスな内容ではあるが、やばりこれが読書の揺るがない良さであると思う。

 

 池上さんは『君たちはどう生きるか』を、小学生の時に父親が買ってきたから読んだのだけれども、読んでみたら面白くて夢中になったそうである。

 

 そして、大人になって読み返しても、そのたびに新たな発見がある本であるという。

 

 第4講で古典の良さについて語るところでは、こうも述べている。

 

 なぜ、この『君たちはどう生きるか』が八十年間も読み継がれてきたかといえ

ば、いろいろな読み方ができ、読むたびに新たな発見があるから、それだけの深

みがあるものだからです。時代が変わっても、読む人の心を動かし、また読みた

い、ほかの人にも読んでほしいと思えるような作品だからこそ、「古典」として

いまに残っているのです。(p103)

 

 池上さんにとって『君たちはどう生きるか』は、古典の中ではかなり推しのようである。

 

 しかしながら、漫画の溢れている時代に、小学生が自分の小遣いで自らこの本を買うというのは、なかなかハードルが高いように思われた。

 

 この点では漫画版から読むのでもいいし、親が買い与えて一読を薦める本として好適だろう。

 

 さて、この講義の趣旨についてはこう書かれている。

 

 参加してくれたのは、私立の武蔵高等学校中学校の生徒。この作品を題材に特別授業を行い、彼らが読んで感じたこと、考えたこと、あるいは疑問に思ったことを入り口として、私の考えや、私なりの“考えるヒント”をお話ししました。それをもとに、作品からの抜粋や解説を加えながらまとめたのが本書です。(中略)何より大切なことは、読んだうえで、自分なりに考えてみること。本書をきっかけとして、ぜひ原書の『君たちはどう生きるか』を読んで、みなさんも考えてみてください。(p7-8)

 

 読んでみると確かに趣旨の通り、“考えるヒント”を提示することを重視した内容であった。

 

 本の解説的な部分も適度に含まれていて、『君たちはどう生きるか』を読んでいなくても内容は理解できるので、こちらから読んでみるのでも良いと思う。

 

 もちろん、『君たちはどう生きるか』を読んだ後に、この本で他の人の感想を知る、考える切り口を得るという読み方にも向いている。

 

 また第4講では豊かな読書体験のために参考になる話をしているので、この点でも良さのある本であった。

 

 折角なので、目次を挙げながら各章の内容について紹介しておく。

 

 

第1講「豊かさ」について

コペル君の名前の秘密
八十年前の中学生はエリートだった
貧しい友人と「油揚事件」
「芸術」は誰のためのものか
生産する人、消費するだけの人
なぜ作者はコペル君を主人公にしたのか

 

  まずコペルの名前の話があって、次に当時の学校制度では中学校は義務教育ではないので、進学するのはエリートだったという説明がある。

 

 そして、「なぜコペル君を主人公にしたのか」ということについて、当時の状況で「ターゲットとなる読者層が自分を投影して読めるような人物」(p32)にしたのだろうと言っている。

 

 この章では主に貧困の問題が取り上げられていて、“考えるヒント”として中心になっているのは「『芸術』は誰のためのものか」ということであった。

 

 貧困の問題は衣食住だけではなく教育や生活の質における格差を生んでいる、ということを大人の視点から強調して、生徒の感想にコメントしている。

 

 

第2講「友だち」について

八十年前の日本
本当の友だちとは
消えることのない過ち
お母さんの石段の思い出

 

 この章では「友だち」との関連で、コペル君の友人たちが上級生に殴られる事件とお母さんの石段の思い出の話が取り上げられる。

 

 愛国心、非国民、制裁――。あの時代、日本のあちこちで聞かれた言葉です。非国民の卵に制裁を、という上級生たちの主張は、のちに大事件へと発展し、コベル君を苦しめることになりました。(p38)

 

 池上さんはこう述べてから、日中戦争へ向かっていく当時の時代背景を説明している。 

 

 この後で大人の視点で強調しているのは、「友情」ではなく「本当の友だち」ということであった。

 

 ここでは池上さんは、「本当の友だち」ということについての自らの考えを率直に伝えている。

 

人として成長する過程で共に悩み、考え、本気で議論し、さまざまな共通の体験を

するなかで、みなさんもぜひ、そういう友だちをつく てください。

 友だちに限らず、「この人のためなら大変な目に遭ってもかまわない」と思え

るような存在は、生きていくうえで大きな意味や価値をもちます。みなさんも、

いずれ恋人ができ、結婚することになるでしょう(もちろん、結婚しないという

のも選択の一つですが)。別の人格と一緒に暮らす、人生を共にするとはどうい

うことなのか。その人のためなら自分の命を捨てることもできるのか。そういう

ことも考えられるような人間的な成長をしてほしいし、そういう存在を生涯のな

かでぜひ見つけてほしいと思います。(p48)

 

 後半では、上級生たちに恫喝されている友人たちの前に出ていくことが出来なかったコペル君のその後が説明され、「お母さんの石段の思い出」の話に至る。

 

 これは、コペル君の母親が女学生の時、学校の帰りに通る神社の下の石段で老婆が重そうな風呂敷包みを持ちながら登っているのを見かけて、声をかけようと思ったのにそうできなかったという話である。

 

 母親はコペル君にこの話をした後で、「後悔はしたけれど、生きてゆく上で肝心なことを一つおぼえた」と言う。(吉野源三郎「君たちはどう生きるか」岩波文庫1982, p246より引用)

 

 池上さんは生徒の感想を幾つか取り上げながら、こうコメントしている。

 

 どんな過ちや苦しい経験も、その後の生活に生かすことができれば無駄にはならないということです。大切なのは、自分が犯した過ちときちんと向き合い、自分はどうすべきだったかということを考えて、心に刻むこと。それが人間的な成長や、よりよく生きることにつながるのです。(p58)

 

 

第3講「歴史」について

誰が仏像をつくったのか
なぜ紛争はなくならないのか
「帝国」の統治、ヒトラーの統治
歴史を学ぶということ

 

 この章ではまず、アレキサンダー大王の遠征によってインドに流入したギリシャ人が、インドの仏像を最初に作ったという話にコペル君が驚いたという話が紹介される。

 

 そして、「ガンダーラの仏像は、まさに東西の文化のかけ合わせ、ということです。」(p67)と言った後で、生徒たちに問いかける。

 

なぜ、異なる民族同士、仲良くできないのか。紛争が絶えないのは、どうしてなのか。みなさんはどう思いますか?(p68)

 

 生徒の感想を幾つか取り上げた後のコメントはこうであった。

 

 さて、なぜ紛争はなくならないのか。なぜ互いを理解し、大事にしようとしないのか。これは、あなたにこの先も考え続けてほしい問題です。だから、ここで私から「こう考えるべきだ」ということは、あえて言わないことにします。

 代わりに一つ、“考えるヒント”をお話しします。それは「帝国」とは何かということです。(p72)

 

 池上さんはこの後で、異質な民族集団の自治を認める“統合”であったオスマン帝国と、異なる文化や民族を否定していく近代の帝国主義について、対比的に解説している。

 

 ここは、国際情勢や世界経済に詳しい池上さんならではのところだろう。

 

 後半は歴史の話になる。

 

 『君たちはどう生きるか』の中で、おじさんは歴史から学ぶことの大切さをコペル君に語っている。

 

 池上さんも、「歴史を知識として学ぶだけではなく、それをもとに自分なりの仮説を立てて考えてみることを習慣にしてほしい」(p79)と言って、更にこう語っている。

 

時事問題に限らず、どの分野の学問においても、新たな理論というのはその積み重ねから生まれています。仮説の精度を上げていくには、自分とは異なる角度から考えた人の意見を聞くこと、異論をきちんと受けとめることも大事です。(p79)

 

 実に真っ当な話であったが、歴史を知識として学ぶというのが主流になっている今の教育の中でどうしていけばいいのか、ここにヒントが欲しかったところであった。

 

 

第4講「どう生きるか」について

ナポレオンは「偉大」か
「英雄」とは何か
静かなる戦争批判
「本を読む」ということ
読み方を深めるスキル
そして、「君たちはどう生きるか」

 

 この章の前半は、『君たちはどう生きるか』の中で長々と丁寧に書かれているナポレオン関連の話について、「静かなる戦争批判」としての読み方を解説している。

 

 後半の「『本を読む』ということ」では池上さんらしく、歴史的人物を歴史の流れから捉えるという学び方が提案されている。

 

 歴史の勉強をするとき、特定の人物の名前が出てくると、確かに覚えやすいものです。歴史を研究したり、教えたりする人も、特定の人物を中心に語ると、話を整理しやすい。しかし、本当にその人たちが歴史を動かし、歴史を築いてきたのかというと、実際はそうでなかったりもします。たまたま名前が残っただけ、ということもある。ぜひ、そうした問題意識をもって勉強してみてください。(p100)


 更に、インターネットやスマートフォンで何でも調べられる時代になったが「答えを知ることと学ぶことは違います」(p100)と言って、本を読んだ後に自分で考えてみることの大切さを強調している。

 

 第3講の後半でも思ったことであるが、自分で考えてみることの大切さを強調している割には、どうしたらいいかという内容が薄い印象があった。

 

 『君たちはどう生きるか』の中で、おじさんがコペル君にこう伝えているところがある。

 

こういう事についてまず肝心なことは、いつでも自分が本当に感じたことや、真実心を動かされたことから出発して、その意味を考えていくことだと思う。

※吉野源三郎「君たちはどう生きるか」岩波文庫1982, p53 より引用

 

 ここを取り上げて、話を膨らませて欲しかったところであった。

 

 この後の「読み方を深めるスキル」で挙げられていたのは、まず、読書会や友人などから他の人の感想を聞くこと、次に、良書を読むという点では古典には外れが少ないということであった。

 

  そして、こんな質疑応答があった。

 

――コペル君の叔父さんのような、深い知識や見識を身につけるにはどうしたらいいのでしょうか?

 

 それは経験を積むしかありません。第一段階として、みなさんのそれぞれがコ

ペル君の叔父さんのような存在を見つけてみてはどうでしょう。 親戚や知り合い、学校の先生など、身近な大人とたくさん話をして、探してみるといいと思います。(p104)

 

 最初の一言が実に真っ当な結論でびっくりしたが、大人である自分としてはその後の部分に少々ドキッとしたところでもあった。

 

 最後の「そして、『君たちはどう生きるか』」のところでは、この本のタイトルの意味についてコメントしている。

 

 物語の最後にコペル君は自分なりの答えを出しているが、同じように考えるのではなくそれぞれに考えるべきことであるという。

 

 そして「オンリーワン」というキーワードを使いながら、「どう生きるか」ということを自分で考えいくのが自分なりに生きることであると語る。

 

 更にこの後でまた、実に真っ当な話があった。

 

受験勉強に関係ない本は読まなくてもいい、ということはありません。(中略)みなさんには、これからたくさんのよい本と出合い、実り豊かな読書体験を積んでいってほしいと思います。(p109)

 

 これは実に、真っ当であるが故に語られるべきこと、であると思われた。

 

 豊かな読書体験は「どう生きるか」ということを自分で考えいくために必ず力になるものであると思う。

 

 そして読書体験が豊かであるためには、読んだ後に感想を振り返ってみたり感想を語り合ってからまた自分で考えてみたりすることがとても大切だから、大人としてはこうしたことが推奨される社会を作っていきたい。