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強烈な思い出と共に


近年の自分的ヒット、それは「わかめそば」。

ふつうにわかめの入った、ただの温蕎麦です。

なんの変哲もない。


でもそんなふつうの食べ物が、ものすごく私にとって特別のお料理であることに、

いま気づいています。



理由は、自分の極限の状態のときに食べて、癒された食べ物だから。




今日もたまたま蕎麦屋に行き、誰か他の人に運ばれたらしい「わかめ蕎麦お待たせしましたー」という店員さんの声を遠くに聞いて、一気に疲れがふきとんだりして。


自分で食べてないのに、勝手にはたで癒されているのです。


どんな食べ物よりも滋養があるみたい。

まるで故郷に帰るような感覚!

ふしぎ!

















気の持ちよう



最近いちばんしたいこと、それは引越し。

そう、事務所のお引越し。



現在の事務所(非公開)に居を構えて早5年、今年になって突如お引越しを強く望むようになりました。

前々から「いつかは引越しを」と思ってはいたのですが、その気持ちが今とても膨らんできていて、引越しに対してとても具体的に策を練るように。



お引越しの理由は、「もうここではない」という感覚。

これとても重要。

だって、私みたいな仕事はテンションキープがものすごく大切なのですから、

事務所に足を踏み入れたとたんに「ちがう」って思っていては、うまく思考が回転しないのです。

その感覚が、現在マックスというわけ。



でもね、思ってみれば、わたし、今年「本厄」なのです。

厄年って詳しくは解らないけれど、風の噂では、おとなしく過ごして下さいねっていいますよね。


でもでも、いまものすごく、引越しがしたい。


今まで直感で生きてきた感が強くて、選んできた道は全てがベストと思っている、かなり幸せげな人間さとうです。

だからある意味博打なこと(いまの仕事)ができるのだという思いがある。

でも今回ばかりは考えちゃいました。

ここで、あえてこの時期に大きな動きをすることは、先人の知恵を無視することになるのかしら、そうすると何か歯車がくるっていくのかしら、などと。




それで厄年って一体なんなんだ、と、ちょこっとみてみることにしました。

立ち読み程度ですが・・・。

そしたらね、わかったんです、厄年って別に悪い時期ではないんだってことが。



詳しい方がいたら「ソレハチガウ」とか言われてしまうかもですが、私のサラリ読みによると、厄年って、つまり、一人の人間の人生に何段かステージがあるとしたら、ネクストステージに移っていく変わり目みたいなものらしいのです。

だから要するに、ものすごい変化の時期というわけです。

私にしてみれば、次の踊場に向かう階段を上っているイメージですね(はたまた降りているのか・・・)。



そこであくまで私のイメージ論ですが・・・

厄年とは激流の時期だから、体も壊すわけです。

いままで通用していた自分法則が、なんだか当てはまらなくなるわけです。

新しいことが目の前に現れて処理に困るから、なんだかもどかしい思いをするわけです。

これらをなべて、人には「上手くいかない・・・」という想いだけが残り、それが「厄年は悪い年だ」という認識にいつのまにか変わっていったのではないか~??とおもいました。




ちょっと前のブログにも書いたのですが、実のところ私自身も、なんだか自分がここのところ変わっていっているのを感じていました。

何がどうっていうのは良くわからないのですが、それが、なんとなく。


でもよくよく考えてみると、最近になって、興味の趣向がちがってきていたり、人との距離のとり方が変わってきていたり、食の傾向だって、時間の使い方、お金の使い方、知識の取り入れ方だって変わった。

今まで楽しかったことがどうでもよくなったり、どうでもよかったことに気を配りだしたり、夢がふくらんだり、しぼんだり。


一つ一つは忙しいと見逃してしまいそうな変化なのですが、こうやって考えてみると沢山沢山浮かんできました。

そしてたぶんそういう水面下の変化が、仕事が忙しいのと重なったりして、実はフラストレーションになってたのかも・・・とふと思いました。



そこへふつふつと湧き上がる、強い引越し願望。

そして厄年であることを思い出す瞬間。

これは悪い時だからこそ悪いものを引き寄せているのか、それとも良いものを引き寄せる具体策となるのか。

ハテ・・・と思う私。

まるで売れない映画のシナリオみたいですね 笑



でもいまやっと、確信をもてる自分がいます。



つまり多分私は、膨大な量の先人の統計どおりに、

まさにいま、厄年を迎えているわけなのです。

それは、次の新しい自分に移っていく、階段の中途にいるということ。

上りの階段にしろ下りの階段にしろ、ここでの過ごし方によって、この先行き着くセカイが違う。

変化は必然、でも今はけっして、我慢して「じっとやり過ごす」時期ではないということ。


だから、引越したければ引っ越せば良い。

もし本当に引越しに至ったのなら、それは自分にとってベストな選択であるからこその結論である。


この一連の思い巡らしで、こんなこと思いました。



そしてとても納得しました。

納得・・・それは、時間軸の流れをものすごーーぅく客観的に遠くから眺めたとき、今自分がどこらへんにいて何をしているのか、を理解する作業・・・

フムフム。。 

いやあ、よい思考体験でした。




それになんと!運よく、副産物をも得ちゃいましたよ。

あのね、、、”希望”がふくらんでしまいました・・・(勝手に盛り上がってスミマセンね)。

希望、こんな言葉つかうの、どのくらいぶりでしょう。


さっこん、希望の花を咲かせることがあるとすればそれは全て仕事に関連したものだったのですが、それとは違うところにちょっと明かりが点った感がするのです。

これ、とても嬉しいです。

それが・・・、どこに点ったのか、それが何なのかよく分からないところが、

さらに嬉しかったりします。


そ、具体的な事象ではないところに喜びを見つけたような感、これこそがまさに今の私にとっては最高の生きる希望。




さあて、いつでも引っ越せるように、ものをさらに整理していきまショウ!


































頑張れジェンガ



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糸置き。