今日は、心をみつめる日。/衛藤信之


今日は心をみつめる日

幸福とは「今」を深く生きることです。

求めてもなかなか得られず、やっとつかんだと思ったら
あっという間に手のひらから逃げてしまう。希少品が
幸福というものかもしれません。

幸せはどこにあり、どうすれば手に入れられるのでしょうか?

一つ確かなのは幸せは外から訪れてくるものではないと言うことです。

江戸時代蘭学書が禁止されていました。
それでも勉強をしたい人は何ヶ月にも及ぶ苦しい長旅をして出島まで
出向きやっと巡り会えた書を拝む様に押しいただき、全身全霊を
かけて写本したといいます。

その感動、その集中力その向上心たるや 相当のものだったでしょう

「無い」ことが自分を成長させるための最強のエンジンとなり
最大の原動力になるのです。

全てが満ち足りていると「ある」が当たり前になり「ない」を
容認できなくなります。 その意味で「ない」こと「不足している」
ことはけっして吹こうにつながるマイナスの要素ではありあせん。

むしろ幸福の種であり人が成長するための「のびしろ」だと考えて
見てはいかがでしょう?

この頃の親は子供があることを出来なくて「もたもた」していると
親が全てやってしまう そうですが、

子供の未来を考えるなら 子供には今やってみて失敗する権利が
あるのです。今失敗しなかったら大人になって失敗してしまいます。

それらは彼なの権利であり、成長するために失敗する権利がある
と思って下さい。

人が不幸なのは自分が幸福であることを知らないからです。(ドストエフスキー)

あの不幸が有ったから、現在の幸福がある。
「過去を愛せよ」ということです。
今の自分を愛せない人は必ず自分の過去を憎んでいます。

つまり 過去を受け入れることが幸福への一歩となるのです。

必要なことは全て必要な時に起こるべくして起こるのです。

起きたことにはなんらかの意味があり、自分が学ぶために必要な
ものにしか出会いません。

そして幸福には違う一面があります。それは得ると色あせる
という点です。 

それを最初から理解していれば本当の幸福とは到達地点ではなく
「道のり」にあることを知ること

手に入れるべく努力を惜しまなかった時間とその努力の深さによって
測るべきです。ですから夢を追い求めているときが夢の最高値なのです。

昔 日本には「幸せ」という言葉がありませんでした
それに変わる言葉は「心の安らぎです」

すなわち、裸の自分が人に好かれ愛されているという実感です。

愛情を人に求めず、自分に求めましょう

自然を愛することということは
晴れの日にも、雨の日にも、嵐の日にも愛するということです。


今日は、心をみつめる日。/衛藤信之