第三講義では、人間が自由意思に沿って行動できるが、それで学問を悪用したり、悪いことができると言った。第四、第五にはそれを広げた。第六は学問の目的と方法を紹介する。
3章で、クリティカとは、真偽の見分け方を教える科目。根拠の発見の仕方を教えるトピカと同じ。ここのクリティカとはアルノーとポールが共同で書いたものをさす。これはデカルト的な懐疑主義である。しかし、彼は真理信頼できるものを教えなくてはならない。共通感覚を教えなくてはならない。それを懐疑主義に持ち込んではならないと言った。しかし彼は機械や洗濯を信じられなかったようだ。しかしデカルトのような考え方はなにも信じられなくなると。現実的に使える暫定的道徳を使ったが、決定的道徳からは遠かった。
彼は判断はでこぼこを自分に合わせるものといった。実践と理論はイコールではないのだ。物事の判断をそれにあわせすぎてはいけない。トピカをクリティカが先に言ってはいけない、自然の流れに反する。トピカの意義は物事を包括的に把握できること、聞き手と話しての感情を理解すること。彼は汚染され切っても自然への法へ向かうことが大事と言った
自然学から新しい立場を検証すること、人間は自然を理解できない、だからそれを考えるのが哲学者の仕事である、デカルトの懐疑主義やきえんほうを批判した。
人間の思想は共通したところがある。形状学は感覚からきている。