顔 FACE・横山秀夫 の解説 | まさひこのの書評と解説のページ

まさひこのの書評と解説のページ

僕が読んだ本についての、書評と解説を書いてみました。

 

◆ 組織の中で戦う婦警さん

 

D県警婦警、平野瑞穂、23才。元は鑑識課の機動鑑識班の一員だったが、いまは、秘書課の広報公聴係に配属されている。D県警の捜査一課ではいま、先の総選挙をめぐる現金買収事件を手掛けていて、各社記者たちも捜査情報を得ようと必死になっている。が、そのうちの一社だけ、特ダネを連発していた。どうも警察内部に、その社に情報を漏洩している者がいるようだ。警察未発表の情報を先走って書かれてしまっては捜査的にも政治的にもまずいので、刑事部内でも、情報漏洩者探しが始まっていた。そんななか、上司への反発心を抱えながら、瑞穂は「汚れ仕事」職務に手を染める……。

 

 

過去のある一件をきっかけに、瑞穂は鑑識課を離れることになった(事の顛末は、横山秀夫デビュー作『陰の季節』内「黒い線」で書かれている)。復職後、いまの部署に配属されたが、元の鑑識課に戻りたい、と彼女はいつも思い続けている。部屋には、以前は、壁一面に似顔絵が貼られていた。似顔絵描きは自分にしかできない仕事であり、誇りでもあった。が、その似顔絵に傷ついて以来、全部剥がした。

 

同時に、彼女は、男社会の警察組織の中で、婦警が軽視され抑圧されていることに、悔しくやりきれぬ思いも抱き続けていた。だから女は使えねえ ── 組織の本音。

 

 

「平野 ── 喜べ。配転だ」春が過ぎ行く。今度こそ鑑識官に戻れるのかしら。が、期待むなしく、配転先は「捜査一課犯罪被害者支援対策室・なんでも相談テレホン」だった。近ごろ、県内で相次いでいる放火事件。怯える住民女性から、さっそく相談を受けた瑞穂は、相談者の幼少時の悲惨な事件を知り、やがて残酷な結論を得る……(「決別の春」)。

 

 

過去の自分に起きた悲劇の傷と向き合い、男組織の中、軽視され抑圧されながら、似顔絵への愛と、古巣復帰への希望を抱き、目の前の職務にいつも懸命になる瑞穂。そんな姿に、僕は心を打たれ、魅了されて、多くの読者同様、夢中になってヒロイン・瑞穂を応援していた。

 

 

男組織の中で軽視され抑圧される婦警。その中で、確固たる、男性たちと同等の存立を築き、女性の復権を確立しようとすることの、困難さ。その困難の、もっとも象徴のひとつが「拳銃」なのだろう、と思う(「心の銃口」)。

 

異性との戦い、というのは、翻っては、自分自身の属する性との戦いでもある。ということに、最後の収録作の「心の銃口」を読んで、気づかされてハッとした。

 

その視点でもう一度、プロローグから読み返そうか。どの作品も、抜群に面白いし。

 

 

☆ 顔 FACE・横山秀夫・徳間書店・2002年10月刊行。徳間文庫・2005年4月。文庫新装版・2022年3月。