ある閉ざされた雪の山荘で・東野圭吾 の解説 | まさひこのの書評と解説のページ

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僕が読んだ本についての、書評と解説を書いてみました。

 

◆ 宮部みゆきが見破ったというトリックの小説

 

ある初春の日。舞台のオーディションに受かった、20代半ばの男女7人が、乗鞍高原のペンションにやってきた。彼らの先生である演出家の指示により、これから数日間、7人だけで、このペンション内で過ごさなくてはならないのだ。着いてさっそく、ラウンジ内の本棚に、アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」やヴァン・ダインの「グリーン家殺人事件」など、ミステリ小説が数種類7冊ずつ並んでいるのを発見する。これは、先生の指示なのか、オーナーの趣味なのか。いずれにせよ気分が悪い。だってどれも、次々に人が殺されていく話なのだから。

 

これからどうしたらいいのか。一同戸惑っていると、先生からの指示書が届いた──これから始まるのは、君たちの舞台稽古だ。いま君たちは大雪のため、雪深き山荘に閉じ込められ、電話線も切断、外との連絡が完全に絶たれたもの、と思ってほしい。今回の舞台の台本は完成していない。君たち自身が、脚本家となり、演出家となり、役者となり、これからの時間で、台本を完成させてもらいたい。実際には、電話も使えるし外との行き来もできるが、その場合、オーディションの合格は取り消しとなりますので。

 

しかたない。役者が演出家の拙い采配に従わせられることなど、この世界ではよくあること。そう気持ちを切り替えて、7人は数日間を、ペンションで過ごすことになった。

 

 

と、ここで、この小説の構成についても紹介。少し面白い構成となっていて、三人称記述によるメインの文章に挟まる形で、[久我和幸の独白]なる、登場人物のひとりによる、一人称「俺」記述の文章が続き、進行していく。この久我という新参者、なかなかの毒吐くやつであり、オメデタイやつなのが、いい。

 

 

彼は演出家の奇策に呆れながらも、この滞在には、心の内で期待もしていた。彼は女性劇団員のひとりに好意があって、同じ屋根の下で過ごすこれからの時の中で、ぜひとも距離を縮めたいと思っている。だが、気がかりな点も。先輩劇団員の男も、彼女のことをねらっているようだし、一方、彼女は別の劇団員の男に気があるようなのだ。

 

それでも、彼は食事当番で彼女と一緒になり、少しは距離を縮められたかな、とひと安心。その日は、演劇について語り合ったり、遊戯室に行き、ピアノの練習を眺めたりした後で、眠りについた。

 

しかし、その夜遅く、劇団員のひとりが絞殺され、そして、設定を書いた紙が見つかる。その後、新たな被害者も出てくる中、彼らはいつまで、この愚かしい殺人推理劇を続けなければならないのか……。

 

 

この小説を読んで、その考え抜かれたトリックの超絶さには、やられた。おそれいった。が、読むべきところは、そういうトリックの凄さや謎解きの面白さばかりではなくて。

 

この小説が、ところどころで、実際の、僕たちの現実の問題を、いくつか、提示してくれているのも、よいと思うのだ。

 

 

たとえば、ある女性劇団員の親が財力があり、財界ともつながりを持っている。それで、劇団を全面的にバックアップ。さらに、彼女には美貌がある。そのため、演技力がないのにもかかわらず、審査ではいつも高く評価され、主役だって、重要な役だって、たやすくゲットできるのである。

 

こういうの、演劇の世界だけでなく、そういう審査だったり選考、選出だったりという場面において、実際に、多々あるよな。決して納得いくものではないが、それを非難するだけでは何も変わらない。金銭的バックアップで支えているのは事実だし。こういう問題を改善するには、どうしたらいいのか……。

 

 

あと、たとえば、これ、男女間の問題。ある人物の高校時代の話。ある日、男子高生が、クラスメートの女の子のある持ち物を見て、それは何かとたずねた。とたんに、彼女は凄い目つきで彼をにらみ、何日ものあいだ、口も聞いてもらえなかった、という。この件は、今も昔も多いのではないか。何も知らない男子は、まったく悪気なく、無邪気にたずねただけである。それを女子は、立ち直れないほどにやりこめる。男子は、立ち直れないほどに縮みあがる。女性恐怖症にもなるかもな。この件に関しては、女子の側が、少々行き過ぎているのかも、と思ったり。

 

 

……とかまあ、真剣めいた話はもういいとして。この作品、トリックが超絶であり、謎解きが面白い、って話をしてたんですよね。そう。このミステリ、はじめのうちこそとっつきにくい印象を受けるんですけど、後半にいくにつれて、ぐんぐん面白さ、凄さに引き込まれてしまい、一気読みしてしまった。

 

 

凄いといえばさ、もう二点を。ひとつは、本文だけでなく、文庫解説のほうの、つなぎ方ね(解説者、法月綸太郎)。著者、東野圭吾の本格ミステリに対する態度から、ショーン・コネリーのジェームズ・ボンドへの思いへというこの解説、凄い着地のしかたをしている。

 

で、もうひとつは、あの宮部みゆきがこの小説のトリックを見破ったっていうやつね。こんなの絶対見破れないってば!

 

 

☆ ある閉ざされた雪の山荘で・東野圭吾・講談社ノベルス・1992年3月刊行。講談社文庫・1996年1月。