学生時代の友人が、上京
一緒に遊びにいきました。
沢山の人が集まり、彼のが人から慕われている事を感じた、と同時に、
みんなが、どんな理由でもいいので、飲みたいという思っていることが、何となくであるが、わかった。
私が、週末の休みは、珍しい。こういう感じで週末休みの人たちは、
頻繁に飲むみたいなのだが、私は都合が悪い。週末は仕事。。。
さて、今回の話は、文章を書くとき、特定の人を意識することの重要性について書いていきたいと思う。
昨日の飲みの時に、ソウ感じさせる、出来事があった。
私の向かいに座った女の人に、このブログの話をしたら、
今度見てくれると言ってくれました。
私は、このブログについて、まだ、あまり、知り合いに話していない。
文章を書いて、食べていくと決めているので、下手な文章を見せるのは、
恥ずかしいし、と言う気持ちがある。
なので、気が引ける。自信がないので、「どうだー見てクレー」と堂々と、いえない。
自信がついたら言えるのかもしれないが、自信は、一朝一夕につかないのが、
世の、常だ。
全然自信がない。
昨日は、はっきりと見てみたいと、言われたので、
ここの場所を、教えた。
コメントも書いてくれるそうだ(酒の席の話なので、ほどほどに)
見せたくはないと思う心とは裏腹に、
見てもらえるのは、うれしい(ホントはみてもらいたい)
期待せず待っていよう。
それにしても、読者が、女の子だと、女好きの私としては、意識してしまう。
どんな文章を書けばいいのだろうか。悩む。その人が引いてしまうものや、
つまらない文章は、かけないななんて、意気込んでしまう。
今までは、特定の読者を、イメージせずに書いてきた。
どちらかというと、書いてるときの気分は、
楽だった。
が、これからは、その人の、事を頭に入れながら書かないと行けないなと思うと、少し気が重い。
考えてみればそれは、それは、当然のことかもしれない(当然すぎる)
自分が誰に対してこれをかいているのか、誰が笑うのか、誰が、心動かされるのか、
イメージしながら、書くことで、書いたものに厳しく見るようになるだろうし、
文章に、ついてきてくれているのか気にするようになる。
家でくつろいで書いていたとしても、緊張感も感じるはずだ。
他人を意識して書くとはそう言うこと。でも、それがいい。
見てくれると、言ってくれた私の向かいに座った女の子には、、感謝したい。
別に文章だけでなくても他人を意識することは悪いことではない。例えば、
ダンスを、頭の中で踊るとき(show caseに出る前日の寝る前とか)
私は、いつも、誰かを感動させることを、意識すると、気分が、上がる。
誰かとは、具体的には、異性の場合が多い。
異性の前で、踊り、踊った後で、女の子が私に惚れるというストーリー
を、描くことがおおい。
また、それが、ライバルのダンサーである場合もある。ライバルに一泡吹かせるというか、
認めさせるというか。どうだーって感覚。
尊敬する人に認めてもらいたい。そう言う思いが、上達を促す。
どこかの企業が、クライアントに認めてもらいたいと、思ったら、
その人が、得をするような商品を作るだろうし、そう言う対応をするだろう。
もし、自分たちの利益のみを、追求すれば、法令を、破っても、適当な商品を世に出しても、
違和感を感じることは、ないと思う。
だから(書いていて言いたいことがはっきりしてきた)
誰を喜ばせるのか、と言うことをイメージしながら何かをする、ことは、大切なのだ。
私は、誰をターゲットに書いているのだろう。
私にとって、文章を書く場合、や、ダンスを踊る場合、女性の読者は、はずせないと思う。
抽象的な、対象をイメージするのではなく、もっと、具体的に自分が会ったことのある人とか、
職場の人とか、感情が湧く感じで、イメージすると、書きやすいのだろう。
中学校時代、野球の試合の前日は、寝る前に、意識的でなく、自然に、ヒットを打った、感触を
思い描いていた気がする。それは、とても、ドキドキしていた。