スロー・イズ・ビューティフル
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この本は読みたくて読みたくて仕方なかったのに、1年以上読んでいなかった本です。きっかけは、大学の先輩でした。正確には先輩の立ち上げたサークルです。この本や、セヴァン・スズキさんの講演の影響を受けて環境系のサークルを立ち上げたのです。
設立当初は所属していたのですが、ミーティングの日時があわせられず自然と遠のいてしまいました・・・。そのサークルでみんなが回し読みしていた本がこの本です。めちゃくちゃ読みたかったんですが、借りるのは何だか嫌でBOOK OFF(お決まり!)に出るのを待っていたのです。
◆理想はどこに?一人一人ができることって?◆
この本は僕の今までの価値観の振れ幅を大きくしてくれました。
それがいいことなのか、悪いことなのかと言われると僕にとっては100%いいことです。
様々な価値観を知り、そこから新しい自分を作り出すのが目標なので。
この本からは多くの気付きや発見がありました。
正しいか、正しくないか、表か裏かといったようにキレイに分けることのできるものではないです。
しかし、このような考え方をしている人たちがいることを知ることは非常に重要だと思います。
すいません、全然本の詳しい内容に触れていないですね(>_<)
簡潔にまとめるとするなら、タイトルどおり「スロー~○○」な生活の提案をしている本です。
ん?簡潔すぎて全然上手く伝えられてないぞ・・・。
スローライフ、スローフード、スロービジネス、スローラブ、スローデザイン、etc...
作者も書いているように、こういった考え方は決して新しくはなく昔の生活に戻ろうとした時に、
再びスポットライトを浴びただけ、古いことの蒸し返しにすぎないのかもしれません。
でも個人的には、それでいて上手く新しさとも融合しているようにも感じました。
そもそも、ここまで来た社会があるからこそ、こういった考え方が出てくるわけで
単純に「昔の話再び」とはいかなくて当然のはずです。
川中紀行さんの日本のコトバで「スロー~○○」について言及されています。
とても考えさせられました。1~4まであります。勉強になります。
日本のコトバ:「スロー」という無責任(1)。
僕は「スロー」が決して「ファスト」に対して対立するものとして位置してほしくありません。
今の日本では、「スロー」な生活は未だに変わり者や行き過ぎれば偽善者といった目で見られている気がします。誰でも否定されることは辛いからです。「スロー」が「ファスト」を否定しているような形が続く限り、多くの人に受け入れられるのは難しいと思います。
例えば、電気を使わない「非電化製品」は先進国でも売れると思います。もちろん本に書かれているような共同生産・購入の方法もありです。ただもっともっとシンプルに売れるんじゃないかなぁと。
「持っているとちょっとかっこいい」といった軽い、敷居の低いところに持ってくると逆に若者を中心として売れていくと思います。
かなり今日のは気合の入った投稿になってしまってますね(^-^;
まだまだ書きたいのですが・・・どうしよう・・・。
一応続きは下書きで置いておいて、リクエストがあるようでしたらアップしますねw
というより、これでこの本の内容・魅力が伝わったのかが不安です(苦笑)
~余談~
この本と直接関係してくるかはわかりませんが、僕の経験でこの本を読んでいてハッキリと思い出した出来事があったので、書いてみます。
去年の春、3月でした。僕はサークルの会長と共にフィリピンに1週間滞在し、ストリートチルドレンの保護施設にお世話になっていました(カンルンガン・サ・エルマという名前です)。
僕はデジカメを彼はデジカム(デジタルビデオカメラ)を手に持ち撮影をしていました。子供たちは興味津々です。僕はひとりの少年にほぼ一日中デジカメを貸してあげていました。彼が撮る写真には、僕らには見せないもっともっと無邪気な子供たちだけの世界がありました。そのことに対して僕は純粋に満足していました。
しかし、彼(会長)はデジカムを決して子供に渡そうとしません。子供たちに「所有する」意味を教えようとしているかのような行為でした。その日の夜、彼に言われました。「デジカメを子供に貸すのはどうかと思う」と。
その時、僕と彼は互いに違う価値観で行動していたわけです。
「先進国・途上国関係なく子供として接していた」僕
「途上国にない物(文化)に子供たちが触れ、欲することを恐れた」彼
どちらが正しくて、どちらが間違っているなんて今の僕には出すことができません。
しかし、この本を読んだ今は彼の考えをより深く理解できたと思います。
個人的にはスローライフを目指す上で究極の課題であると考えている
「先進国の生活水準を下げた生活に先進国の人間は受け入れられるのか」
ということに対する答えの違いが、この価値観の違いを産んだのでしょう。
理想は、もちろん「受け入れられる」ことでしょう。
しかし、その時の僕は(今も大きくは変わっていませんが)それはできないと思ったんです。
それなら、先進国の製品を途上国の人が持てないことはどうなのか?という考えに至りました。
もちろん、貸しているだけなので「持った」こととは決して意味が違うのですが・・・。
ただ一つ言えることは、途上国の人が先進国と同じ生活をすることになれば、
確実に地球は滅びてしまうということですね。
またそれに対して、僕はそして先進国の人間は責めることも禁止することもできないはずです。
それなら今何をすべきなのか?それをしっかりと考えないといけないですね。
余談が長くなりました(^-^;

