『私たちの世代は』
瀬尾まいこ
文藝春秋 2023年7月25日
「もし、感染症がなかったら、どうなってたんだろうね。私たち」
新型コロナの流行により、当たり前にあるはずの日常を奪われ、不自由で息苦しい時代を強いられた「私たち」の今日につながる日々。
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「正論、通じる家庭ばかりではない。子どもには自分ではどうしようもない現実があるのだ。親を選べないように、自分の生活も選べない。」
-p. 125
「生きるためのすべを教える場は家庭だけじゃないはずだし、愛情だって必ずしも親から与えてもらわなくたっていいはずだ。」
-p. 190
「感染症さえなかったら、私は友達に囲まれて、にぎやかな学校生活を送っていただろうなとどこかで思っていた。だけど、そうだったのは限らない。いつだって人生は厳しいし、学校生活は楽しいことばかりじゃない。そんな当然のことを今知った気がする。」
-p. 246
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思い返すと私には、「〇〇さえなければ」、「あの時〜を選んでいれば」と悔いるような経験はなく、「過去の何かが少しでも違っていたら、今ここに辿り着けなかった」という気持ちの方が強い。
だけど、もし小学生、中学生など成長途上の時期や、高校受験期、就職活動期、入社1年目などの節目の時期に、前年までの延長として続いてゆくと思っていた日常が突然奪われてしまったら、そしてそれをきっかけに「ままならないこと」が増えたりしたら、「〇〇さえなければ」という心情になるだろう。
例えば私の祖父母の世代なら戦争、父母の世代ならバブル崩壊、リーマンショックなど、その事柄に起因するダメージが大きければ大きいほど、受け入れることは難しい。
多くの人から「〇〇さえなければ」を聞いたが、皆それぞれにとんでもない変化に耐え、乗り越えて生きているのだということを突きつけられたように感じた。
だけど、それでも、コロナがきっかけでなくなったもの、新たに生まれたもの、それに伴う変化など、コロナの経験をきっかけに変わってしまったことをできるだけ自分の糧にして歩いてゆける人が多いといいなと思う。
