『最期の日本史』
本郷和人
扶桑社 2023年1月1日
「知られざる死の歴史を紐解く」
史料を元に、日本人の死や病に対する考え方や死生観を探る。
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・合戦では、より階級この高い首を取れば褒美も増える。戦国時代などでは、しかるべき筋目の正しい兜首を一つ取れば、一般の武士であれば人生が安泰だと思えるほどの褒美がもらえた。
・首実検は、大将にとっては勝利に酔いしれる瞬間であり、兵にとっては功績を認めてもらうチャンス。だが首実検を重んじるあまり、勝敗が定まる前に首実検を始め、戦に負けてしまった例もある。
・切腹が武士にとっての名誉な死であるという考え方が定着し、そのスタイルが定式化したのは江戸時代以降と考えられる。それ以前は自死、自刃の方法はまちまちだった。
・日本は妖怪のいる国として有名だが、実は史料にはほとんど出てこない。現在日本で知られている妖怪のほとんどは水木しげる先生の創作だと最近の研究では考えられている。
・日本では歴史的には妖怪より怨霊の方が恐れられてきた。
・一般人が、きちんとお墓を作るようになったのは、江戸時代以降だが、それは夫婦別姓から同姓への変化と密接な関係を持つ。戦国時代や江戸時代初期までは庶民に苗字はなく、苗字を許された貴族や武士も夫婦別姓、お墓も個人墓か夫婦墓が一般的だった。
・江戸時代がしばらく過ぎた頃、直系血族による世帯の誕生や儒教的思想にのる祖先への念が生まれ、家族墓が普及。夫婦同姓と家族墓、どちらが先かは分からないが、以後家族墓と夫婦同姓がどんどん浸透してゆく。
・全世界の遺体への扱いや感覚の違いを見てみると、そこに至るまでの宗教感や風土、歴史を垣間見ることができる。この差異を知るのも、なかなか興味深いものだ。
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病、祟、死、怨霊、妖怪など、史料にある記述をもとに、日本人の死生観を史料をもとに考察、解説する。
晒し首や首実検、切腹や介錯など、馴染みのない内容も、わかりやすく記述、解説されていてサックサク進む。
コロナウイルスに関する欧米と日本の意識や姿勢の違いやその原因を疫病の歴史に求めるところなどもとても興味深く感じた
