例のごとく、いつ何故予約したのかわからない


『たとえば葡萄』

 大島真寿美

 小学館 2022921


「今しかない」

と会社を退職した29歳の主人公は、友人知人との交流の中、日々考え、少しずつ変化してゆく。



「そんな情熱が仕事として働いていくうえで、のちのち効いてくる、とまったくわかっていなかったし、そもそも己の情熱というものにさえまったく無頓着だった。ようするに、自分自身のことがまるでわかっていなかったのだ。」

-p. 46


「振り返らずにいられない、っていうか、どうしても振り返ってしまう」

「わたしにも、まだやれたことがあったんじゃないか、という気がしてならない」

-p. 165



皆が皆、「天職」を見つけて「やりがい」たっぷりに働かなくてもいいと私は思うし、仕事に対する価値観や仕事と向き合う姿勢も、周囲の足を引っ張ったりせず、お給料ぶんのはたらきをしている限り、人それぞれでいいと思う。



だけど、「これ!」といったものを見つけることができなかった主人公が、身の上の不安定さを噛み締め、また世の中の変化に戸惑いながらも周囲個性的な人たちとの関わりの中、自らの過去や内面と向き合い、自分にとっての大切なものを見つけていこうとする姿勢は応援したくなったし、心に沁みた。


自分が何をしたいのか、どんなふうに生きたいのか、若い頃って意外とわからないものだと思う。やってみないとわからないこと、その立場になってみないと見えないものもある。だからジタバタするのも、回り道するのも悪くない。


私自身、学生時代に思い描いていたのとは全く違う人生を生きているが、何かの役に立つとは思わなかった知識や経験が、随分後になって意外なところで生きてくることもあるし、そういったことも含めて人生を面白がることができたら最近はそんなふうに思うようになった。


機嫌良く読み終え、満足していたら、最後の方のページに


「実は、本作品には前編となる物語が存在します」


とあって仰天。


『虹色天気雨』 20061020日)

『ビターシュガー』 2010628日)


という作品に次ぐ第3弾だったらしい。え?ドラマにもなっている?知りませんでした。