『もうやってらんない』

 カイリー・リード 著

 岩瀬徳子 訳

(早川書房 2022年4月10日)


アフリカ系アメリカ人のベビーシッター、エミラは、裕福な白人夫婦にベビーシッターとして雇われている。ある日預かった子どもと外出していると、誘拐を疑われてしまう。



「エミラが”鑑定家”といった言葉を使うのを聞くと、とまどいや深い関心をまず感じ、そうした自分の反応に罪悪感を覚えて落ち込んだ。エミラがそういう言葉に不案内な理由はない。だからこちらが感心する理由もない。そのことがよくわかっているのに、そもそもそういう考え方をやめるように自分に言い聞かせているときしかそうできない。」

-p. 115


「あなただってほかのみんなと変わらない」

「自分でコートをかけても、自分の食べたものをゴミ箱に片付けても変わらない。あたしは今夜手伝いに来ていた女の人たちと同じ。あたしはあの人たちと同じで、あなたがあの人たちの仕事を少しばかり減らしたって、状況は何も変わらない。自分が空腹じゃなければほかのみんなも空腹にはならないと思って、自分のお皿の上の料理を全部食べるみたいなもの。あなたは自分を助けてるだけ。でも、それは問題の半分でさえない。あなたは物事の全体を見てないの。」

-p. 268



「息子ができたら、息子を理髪店に連れていってくれる?友達がどうしていようと、電車のなかやエレベーターのなかで白人の女性に近づきすぎてはいけないって誰が教える?警察に車を停められたら、すぐにゆっくりとわかりやすく車のキーをルーフに置くことは誰が教える?娘ができたら、自分のために立ちあがらないといけないときと、よくわからない冗談を聞いたふりをしないといけないときがあることを誰が教える?白人にほめられたら(『仕事熱心ですね、時間に几帳面で』)、気をよくしてばかりいてはいけないこと、白人はときに、時間どおりに来たうえで自分の考えをしっかり持っていることではなくて、時間どおりに来たことそのものに驚いていることを誰が教えるの?」

-p. 272



作品を通して扱われているのは、

レイシズム という至極真面目なテーマなのに、


「なになに?どういうこと?」

「この先どうなるの?」


というような不謹慎で物見高い気持ちが掻き立てられて、どんどん、どんどん読めてしまう。


偏見がない人はいない。でも常に自分の偏見と向き合うことは絶対に必要だと改めて思う。それは例えば、有色人種の友人知人がいる人でも自分が有色人種でも同じ、「友人がいる」「知人がいる」ことはアリバイにはならない。


そしてそれは、人種差別以外のあらゆる差別や偏見について言えることだと思う。


差別や偏見は必ずしも牙を剥いてくるものとは限らない。一見優しい顔をしていたり、穏やかな様子だったりすることもある。本書にはそれが分かりやすく描かれていていると思う。


それにしても…読む本読む本素晴らしくて困る。今年読んだベスト9、今年こそ決められない気がする。