渋谷からも空気が透き通っていると山が見えて、田舎出身の自分には嬉しいものです。
 
渋谷はよくベンチャーの聖地だと言われますが、
それは雑多さ、カオスさとかが強く残っているから、
先進国では稀有なハングリー精神、下克上精神がうまれ、
結果クリエイティブなものが力強く誕生していくのだと思います。
 
自分もビジネス人生をそんな渋谷にて、
サイバーエージェントでキャリアスタートしました。
 
新卒で配属された部署の統括責任者だったのがUさんです。
年齢は一回りくらい上。
おしゃれなイケメンです。
クリエイティブなこととお酒が大好きで、仕事への情熱も高く、部下からの信頼もあつい方でした。
 
「児玉!始業時間ギリギリに到着するんじゃねーよ!10分前にはついて準備してろ」
「児玉!この品質で完了しましたとか言ってるんじゃプロ失格だぞ!這ってでもやりきれ」
「児玉!給料に見合った働きしろよ!給料以上に会社に貢献する意識を持て」
 
仕事の能力も低く、ミスも多かったので連日のようにUさんに怒られて、
時には立たされて説教されてこともあります。
不甲斐ないし悔しいという気持ちもありましたが、
ビジネスパーソンとしての基礎を厳しく叩き込んでくれました。
 
それから約6年。
部署も幾度となく変わり、
事業責任者を任せてもらえるほどに私は成果をだせるようになっていました。
 
そんな29歳くらいの時だったと思います。
 
会社全体の組織再編成が突如発表され、
私はある部署の事業部長として赴任する辞令を受けました。
その部署にマネージャーとして配属されていたのが、Uさんです。

新卒の時の直属の上司が、自分の部下になるわけです。

給与含めた査定をする立場です。
「やりづらいな、、、、」と思いました。
 
辞令から数日後、新体制がすぐスタート。
私は勤務するフロアも変わり、新しい座席で心機一転スタートです。
 
その初日。
Uさんから1通のメールが届きました。
 
『いろんな苦労をしてここまで頑張ってきたことを知ってます。
児玉さんが上司で本当に良かったと思えているのでそこをちゃんと伝えておきます。
会社のために、ユーザーのために、これからも一緒に頑張っていきましょう。
これからよろしくお願いします。』
というような内容でした。
 
そして就任祝いのご飯にも連れて行ってくれました。
 
私はその日の夜に1人で涙しました。
後にも先にも、ビジネスで泣いたのはこの1回だけです。
 
Uさんの器の大きさを心から尊敬するとともに、
そういう人の心意気や頑張りに報いるためにも、
絶対に圧倒的な組織成果をだしてやろうと誓いしました。
そしてがむしゃらに仕事をしました。
 
そのかいあってか、
数ヶ月たたずして大きな成果を立て続けにだすことができ、
何度も表彰台にも登らせてもらいました。
 
 
あの時のUさんの言葉のおかげです。

Uさんは過去の立場から私にマウントをとることもきっとできたと思いますが、
そういう行動を一切とりませんでした。
これが組織として正しい姿なんだと私に教えてくれました。
 
私はUさんへの感謝と尊敬の念を、これからもきっと一生忘れることはないでしょう。

今はお互い会社も変わりましたが、Uさんはこれからもずっと私の人生の師です。