「セックス」
という単語が突然浮かんできて俺は戸惑った。
教室では数学の教師が2次関数の解法を解説しているところであり、俺も先ほどまでは解の公式をノートに書き写すのに夢中だったはずなのだ。
「セックス」
という言葉が、再度頭の中で艶っぽい女性の声で再生されると俺は気もそぞろとなり、何らかのアクションを起こさなければ発狂するという確信めいた強迫観念に押しつぶされそうになった。
俺は落ち着いたふうを装ってあたりを見回した。進学校の進学コースなので皆熱心にノートをとるか、数理の混在する抽象概念をこねくりまわしている表情であり、この中にあってセックスを夢想している人間は俺ただ一人であることは間違いのないことであった。
「セックス」
また、声が続けた。今度は、俺が夢中になっているあるアニメのヒロインの声で再生された。ああくそ、なぜこんなことになってしまったのだ。俺は先ほどからノートに記述された「x」という文字を女性器にみたてて鉛筆をつきたてていることに気づき、そんなことをしている自分に愕然した。
「・・・となるわけだ。証明はしなくてもわかるな?」
と数学教師が俺を見た。俺はほぼ全ての数学の試験を満点で通す俊英であり、教師の視線は明らかに同じ数学者である俺に同意を求める打算的な代物であったが、問題は俺の頭がその時は「セックス」で一杯だったことだ。
「?」
俺が顔を紅潮させて、中年の数学教師である自分にさえ扇情的な目線を与えていることに気づいた教師は明らかに怪訝な顔をした。そのような変事はこの純然たる数学の祭祀空間あたる学舎では見過ごされず、教室の何人かが俺に着目したことを俺は陶然とする頭で確実に意識した。
「先生!」
気がついた時には俺は発言していた。どうしたのだ、俺はこの先を何と続けるつもりなのだ。
「少し気分が悪いので、保健室に」
ならいい。それなら問題はないし、そうすべきなのだ。俺の意識は完全に女性の豊満な太ももとそれに繋がる永遠の未知の領域に向かっており、それは優等生である俺にとっては「異常」であることは間違いないことなのだ。だから俺は保健室に行ってもいいし、早退して、いつものように、同人誌をネタにマスターべ-ションを行って、正常な状態に戻ることにすら何ら問題はないはずなのだ。
しかし俺の口は俺の意識とは完全に独立して動いており、先ほどの宣言によってクラスの衆目を集めた俺は、ここにきて完全に全てを放棄した。
「セックス」
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