文book茶釜




「セックス」

という単語が突然浮かんできて俺は戸惑った。

教室では数学の教師が2次関数の解法を解説しているところであり、俺も先ほどまでは解の公式をノートに書き写すのに夢中だったはずなのだ。

「セックス」

という言葉が、再度頭の中で艶っぽい女性の声で再生されると俺は気もそぞろとなり、何らかのアクションを起こさなければ発狂するという確信めいた強迫観念に押しつぶされそうになった。

俺は落ち着いたふうを装ってあたりを見回した。進学校の進学コースなので皆熱心にノートをとるか、数理の混在する抽象概念をこねくりまわしている表情であり、この中にあってセックスを夢想している人間は俺ただ一人であることは間違いのないことであった。

「セックス」

また、声が続けた。今度は、俺が夢中になっているあるアニメのヒロインの声で再生された。ああくそ、なぜこんなことになってしまったのだ。俺は先ほどからノートに記述された「x」という文字を女性器にみたてて鉛筆をつきたてていることに気づき、そんなことをしている自分に愕然した。

「・・・となるわけだ。証明はしなくてもわかるな?」

と数学教師が俺を見た。俺はほぼ全ての数学の試験を満点で通す俊英であり、教師の視線は明らかに同じ数学者である俺に同意を求める打算的な代物であったが、問題は俺の頭がその時は「セックス」で一杯だったことだ。

「?」

俺が顔を紅潮させて、中年の数学教師である自分にさえ扇情的な目線を与えていることに気づいた教師は明らかに怪訝な顔をした。そのような変事はこの純然たる数学の祭祀空間あたる学舎では見過ごされず、教室の何人かが俺に着目したことを俺は陶然とする頭で確実に意識した。

「先生!」

気がついた時には俺は発言していた。どうしたのだ、俺はこの先を何と続けるつもりなのだ。

「少し気分が悪いので、保健室に」

ならいい。それなら問題はないし、そうすべきなのだ。俺の意識は完全に女性の豊満な太ももとそれに繋がる永遠の未知の領域に向かっており、それは優等生である俺にとっては「異常」であることは間違いないことなのだ。だから俺は保健室に行ってもいいし、早退して、いつものように、同人誌をネタにマスターべ-ションを行って、正常な状態に戻ることにすら何ら問題はないはずなのだ。

しかし俺の口は俺の意識とは完全に独立して動いており、先ほどの宣言によってクラスの衆目を集めた俺は、ここにきて完全に全てを放棄した。

「セックス」



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街から一片の葉が山へと飛ぶ

ヒラヒラと舞い落ちた葉を拾い上げる少女


片手には白い日傘を差している

少女が立つその大地は

山奥にしてはしっかりとした石畳

コツコツと足音を立てて歩く少女


「ふぅ・・・」


文book茶釜


ため息を一つついて少女はその遺跡を見上げた

かつて栄えた文明も

今では無人の廃墟

ただの歴史でしかない


「たしかこの辺に・・・」


少女は遺跡の中のある一軒の家へと入り

ごそごそと何かを探し始めた


「どこだっけなぁ・・・」


日の光が石造りの窓からチラホラと差し込む

風に揺れる木々のざわめき


「ちょっと待てよ?」


少女は探している場所とは別のところへと向かう

手に握り締めた日傘をクルクルとまわしながら


とても栄えた文明だったのだろう

その遺跡はとても大きく

長い年月を経たとは思えないほど

整然と保たれていた

「この辺かな・・・?」


少女は遺跡の隅

小さな広場らしきところを探し始める


「そうそう、この辺・・・」


遺跡のあちらこちらから生えている木々が

風に揺れて音を立てる

まるで少女の独り言に返事をするかのように


「あった」


少女は探し物を見つけたようで

笑顔で探していた物を持ち上げた


それは小さな苗木のようなものだった


少女は辺りを見回して

ため息と共に呟く


「みんないなくなってしまったなぁ・・・」


遺跡をグルグルと見て回って

あちらこちらの家へと入ったり出たり

そしてそこに置かれた机やイスを撫でながら

まるで何かを思い出すかのように目を伏せる


「さてと、そろそろ戻ろうか・・・」


少女は遺跡の中心

広場のようなところへ行き

ぽっかりと開いたくぼみの中に入り

丁寧に苗木を埋める


「私はどうしたらいいのかなぁ・・・」


鉢植えを眺めながら少女は考え込む

遺跡の真ん中で今後のことを悩む

幼い少女からは想像もできないほどの

悲しそうな顔で


「よし。」


少女は何かを決意したかのように空を見上げた


風に吹かれた日傘が空に舞う


すると

少女が立っていた場所に

大きな木が現れた


木は遺跡を覆いつくすかのように

その枝を広げる

まるで遺跡を護るかのように

何者の目にも触れぬよう

隠すように枝葉を広げる


やがて大木となったその根元には

白い日傘が日の光を受けて輝いていた



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文book茶釜



この外に通じる扉の前で
ただ立ち続ける。

誰かを待っているのか
それとも、何かを恐れているのか

扉は閉じられたまま

好きで埋もれたこの部屋は
心のクセがよくわかる物で溢れていた。

何かを満たしたくて、置物を買った。
何かを彩りたくて、絵を描いた。
何かを隠したくて、カーテンを付けた。
何かを響かせたくて、音を広げた。

何のに、

なのに

ナノニ

誰もこの完璧な部屋に来ない。
私もこの完璧な部屋から出ることができない。

この完成した世界からは
もうなにも消えない
変わらないというのに。


私の胸の時を刻む肉は
嵐のように荒む。
花のように寂しげに咲く。

部屋にあるスクリーンには
過去と誰かの顔が写る。

それは私しか見ることのできない
それは私のスクリーン
それは私がいる限り続く
永遠の映写機


ただ、閉ざされた扉の前に立ち続ける。
開けられないことを知っている。

だから、待ち続ける。
小さな完璧な部屋の中

一緒にスクリーンを見てくれる人はいない

だけど

感想は、誰かと分かち合えるように
扉の外に耳をすませて
音を音で返せるように

待ち続ける

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