文book茶釜



週末の改札口は、待合せをする人でごった返していた。

待ち合わせの時間を30分ほど過ぎたが、まだ田中は現れない。

2年ぶりに集まった我々も、立ち話するには飽きてきた頃合いだった。

「メールしてみましょうか?」後輩のMが気をつかって発言したが、返事はなかった。重苦しい空気のまわりを雑踏が通過していった。

「そもそも田中って来るの?」

先輩格のKが言った。

「誰も田中を呼んでない、ということですか?」Oが尋ねた。

「いや、そうじゃなくてさ。」

ややきつい口調になってKが言った。

「田中って本当に存在するの?」

一同は首をかしげて、その意味を考えようとした。

しかしすぐに近くの集団で上がった嬌声に遮られて、その発言は無視される形となった。舞踏会にまぎれこんだ鼠を誰もが見て見ぬふりをするように。

「最後に田中と話したのっていつだっけ?」

私は言った。明確な反応はなかった。皆、めいめい首をかしげて、田中という人間について考えているようだった。

しばらく間を置いて、おそるおそる、といった様子のMが答える。

「確か、1週間前に、この飲み会について話ましたけど・・・」

「それは何で?メール?」「はい。」

一斉にため息があった。メール・・・メールでは本当に田中が出しているのかわからない。

「田中と最後に飲んだのっていつだっけ・・」

虚ろな目をしたOが呟いた。

「その時も、こんな会話があったような気がするんだよな」

と、私は言った。

「ええ、ありましたね。あの時も結局田中は来なかったんでしたっけ?」

「・・・覚えてないな」

我々の努力は事態を一層深刻にしただけのようだった。

「とにかく、居酒屋のほうへ行きませんか?予約した時間も過ぎてますし」

取り繕うようにMが言った、Oと私は溺れかかった人間が木片にしがみつくようにその考えに乗ろうとした。

「いや、これははっきりさせようよ」

Kのそれは、秘めた激昂を押し隠すような口調であった。

「おかしくないか?田中という人間が存在するのか、しないのか、なんでわからないんだ?」

私は、3本目の煙草に火をつけた。「メール・・・いや、電話してみましょうよ」

Mが言った。電話か、まあ確証ではないにしろ、電話すれば、ひとまずの安心感は手に入るのではないか、私は前向きにそう考えた。

沈黙を承諾と受け取ったMが震える手で携帯を操作した。

呼び出し中。

多くの人がそうするように彼もまた電解層の彼方に思いを馳せて、虚空に目を走らせる。

「・・・留守番電話ですね。」

突き当たりにあったのは、案内ロボットだけだったわけだ。

「結局わからないじゃないか!」

とうとうKが叫んだ。

「田中って誰だよ!?後輩なのか先輩なのか!?どんな奴なんだ?顔は?メガネは?学部は?」

皆、泣き出しそうな表情だった。あふれ出しそうな感情を理性で押さえ込むのがやっとという感じだ。

その時だった。一陣の風のように我々の中を何かが吹き抜けていった。

それが私の思い込みでないことは、皆がある一点を見つめていることではっきりした。

遠くから、地味な服装をしたひょろ長いメガネの男が、にこやかにこちらに向かって来るのが見えたのだ。

「田中だ!」

Kが叫んだ。「あれが田中に違いない!」

「田中!」「田中!」「田中!」

自然とわき上がった田中コールが群衆の中に響き渡った。

私の頬を涙が伝う。そうだった。田中はいたのだ。本当に。

今日は何を「田中」と話そう。
「田中」にどんな話を聞いて貰おう。
「田中」は笑うとどんな顔になるんだっけ・・・

「田中」がやってくる。

歓喜の衝動に揺さぶられた私たちに近づく。

しかし、たとえ彼が我々に微笑みかけたとしても、私の中の一抹の不安が消えることもまたないのであった。

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秋風が吹く公園
夏の間はこの公園にも沢山の子供がいたのだろうけど
今は誰も近づかない

「そういえば、この滑り台も昔からありましたね」

後ろで彼女が言った。

「よく一緒に遊んだよな。毎日毎日」

まだ小さい頃
僕らはこの公園で知り合って
暗くなっても一緒に公園で遊んでいたものだった

「懐かしいですね」
「遊んだ以外にもイロイロあったからね」

初めて彼女に告白したのもこの公園だった
あの時も綺麗な紅葉だった
断られて泣いた記憶もある

「あ、またお腹を蹴りましたよ」
「元気な子になるね」

彼女の中には新しい命がある
臨月に入った彼女のお腹は
大きく丸く膨らんでいた

大事そうに抱えている彼女と
ソレを眺めている僕

---本当なら夫婦そろって、この公園で遊ぶこともできたのに
僕はこの子の父親のこともよく知っている。
彼女を僕から奪った男
彼女を残して二度と会えないところに行ってしまった男


そして、僕にとって一番大切な友達---

「そういえば名前はどうするんだい?」
「そうですね・・・女の子だから・・・」

そのとき秋風が吹き
公園に咲く紅葉が降る

「紅葉にしよう」

ボクは宙を舞う紅葉を捕まえて
彼女の前に持っていきクルクルとまわした

「安直」

そう言って笑う彼女

「そうかな・・・?」



「でも」

彼女も紅葉を捕まえて
指先でクルクルとまわしながら

「いい名前ですね」

そういって微笑んだ


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「さてと、どうしたものかね」

俺はPCに提案のパワーポイントを表示したまま、頭を抱えた。

「結論が難しいな」

明日、取引先に提出するこのプレゼンの結論部分がどうしてもかけないのだ。

理由は明白だ。

今回の提案はうちの会社にとっては利益になるが、先方にはそうではない。

そもそも導入するメリットのない話を、さもメリットがあるように書かなければならないのだから
難しいのは当たり前だった。

「なに不景気な顔してんだよ」

肩をポンポンと叩いてきた同僚は
仕事のことでもプライベートのことでも
何かと俺と張り合ってくる、同期の男だった。

「何かあったのか?」

「あ・・うん、結論がね」

俺は正直、この男を信用していなかったが、この時ばかりは
藁にもすがる思いで、状況を説明した。

「そうだな・・・こうしたらどうだ?」

彼は、パワーポイントを操作して、画面の真ん中にデカデカと握手の絵を貼ると、
流れるような手さばきでこう打ち込んだ。

「弊社とのシナジー効果で、コアコンピタンスの最適化が達成されます!」

得意げに微笑む彼に、俺は尋ねた。

「・・・コアコンピタンスの最適化って何だ?」

彼はいぶかしげな顔をして言った。

「うまくやろう、ってことだよ。そんなこともしらないのか?」

俺は頭を抱えた。こいつは何を言ってるんだ・・・

ふと、名案が思いついた。

「なあ・・この提案、お前がやってくれないか?」

「いいのか?・・・」

「もちろん。プレゼンは俺が作っておくから」

「乗った。」

満足そうに自分の席に戻った彼を見届けると
俺はすぐさまプレゼンの改変にとりかかった。

具体的な需要予測は、数字を根こそぎ抜いて、ひどく抽象的でわけのわからないものした。

市場調査の項目は、結論が簡単には見つけ出せないよう、複雑なクロス統計表に変更する。

極めつけは根拠で、そこにはオフィスビルの高さが利益率と比例するという、すさまじい統計資料をでっちあげて盛り込んだ。

「よし。」

俺はプレゼンを彼に送信すると帰り支度を始めた。

フロアのドアが開き部長が入ってきた

「いやぁ・・・うちの部署の子達はこんなに遅くまで働いてるんだねえ・・・」

「きっと、また彼と彼が勝負でもしているのでしょう」

「そうかぁ・・・それじゃあきっと今回もすごいものが出来るな」

フロアには部長と課長の笑い声が響き渡った。

俺は、帰ったら転職サイトをチェックしようと心に決めてオフィスをあとにした。



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