事故死をきっかけに夫は初めて"妻"を知る……
◇妻は二度死ぬ◇ -Les Innocents-
ジョルジュ・シムノン 中井多津夫 訳
パリ有数の宝石デザイナー、セルラン。彼の妻が、ある日、行くはずのない街の通りで、トラックにひかれて死んだ。彼女はなぜ、その日、その場所へ出かけたのか? 事故現場を訪ねたセルランは、やがて、思いもかけない妻の秘密に行きあたるーーー。
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宝石デザイナー、ジョルジュ・セルランの生活は満ち足りていた。自分のアトリエを持ち沢山の太い客を抱え、愛する妻のアネットとの間には2人の子どもが有る。幸せだった。
しかしその幸せはアネットがトラックに轢かれて死んでしまったことによって崩れ去った。警察によると彼女はワシントン通りでトラックに押し潰されてしまったという。アネットはケースワーカーとして働いていたがワシントン通りは彼女の担当界隈では無い。何故そんなところに居たのだろう? セルランはアネットの死を深く悲しむがそれと同時に彼女のことを何も知らなかったことに思い当たる。何故なら彼女はセルランにほとんど何も話さなかったからだ……
アネットが死んでも時間は流れ、子どものジャン・ジャックもマルレーヌも自立の兆しを見せ、母の死を乗り越えてセルランの家庭生活から巣立とうとしている。セルランも少しずつアネットの持ち物を手放し、遂に事故現場に赴くがそこで見た残酷な真実とは……
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「妻は二度死ぬ」です(・∀・)
とうとうシムノン・ノンシリーズも最終作になってしまいました。これを書き、メグレ警視にも幕を降ろさせるとシムノンは絶筆を宣言し、もう小説を書くことは有りませんでした。これだけ沢山書いたシムノンでも創作意欲の衰えが顕著になってしまうのだから、やはりクリスティー女史は神……!←結局そこに行き着く。
本書は皮肉にも妻が死んでから初めて本当の妻を知ってしまうというシムノン特有の家庭生活の根本的な揺らぎを描いた作品です。
というか登場人物が誰も幸せに成っていない、というシムノン一むごい話でも有ります。最初は相手側にひたすらイライラしましたがその手段が出来なかったから18年もこうなってしまった訳で……というかアネットはそれに対し自分からは何の働きもしなかった訳で(離婚を請求するとか)、彼女の気持ちが何も語られていないだけにアネット悪女説が浮上するような。やっぱ、何も言わないでわかって貰おうなんて虫が良すぎるよな……
中盤が2人の子どもたちの自立を描いていて子どもは親とは全くの別人格、という現代に共通するテーマを垣間見ただけに結構ショックデカかった……orz
Twitterで先走って呟いたのですが「心の中で別の誰かを愛しながら、目の前の誰かと人生や生活を共にする」というパターンが昔から大嫌いなんですね。「今でも昔の恋人が忘れられない」とか「相手がいる人が別の誰かと恋に落ちたは良いけれど環境が違い過ぎて一緒になれないから元鞘に収まる」とか本当に無理!! 目の前の人に違う人を重ねるとかよくそんな気持ち悪いことできるな。された側になってみろや。そんな気持ちを抱くなら絶対にバレないように押し殺すか、一生独りでいてくれと思います。身の回りにそれをした人もされた人もいないのに何でこんなに嫌いなんだろう……この気持ち、絶対に小説にしてやると思って今日も悶々としています。
しかし下手したら悪役や咬ませ犬になりがちなセルラン立場を主人公をするとはやはりシムノンは流石です。これ、アネット側だったら大抵の人が書けますが、ただの賛否両論呼ぶメロドラマになる。
「妻は二度死ぬ」でした(・∀・)/
次の北欧ミステリーは……なんと予想だにしなかった近未来もの!?(*^o^*)/