風評

風評とはなんだろうか。

後手後手を踏んでいる原発会社の失敗談を小出しにしているのを真に受けてそのまま国民に堂々と伝えているそのものは風評というものではないのか。

風評とはいずれ歴史が判断するものであり、現在進行形では風評か正しい情報かの判断は誰も決定づける材料はもっていない。それをあれは風評だ、これは正しい情報だと言い切るこ+とこそが風評ではないのか。国民個人個人が自らの判断をもってあえて風評を選択することも一つの正しい決断でもあるといえる。火のないところに煙は立たないという。先人の一つの名言だといえる。安価に情報を情報源として認知してしまう愚かさを奨励しているわけではない。体制が風評と称している情報をそのまま風評として無視することが、はたして正しい情報選択の方法だと言えるのだろうか。風評とされる情報を切り捨てると同時にそれを風評と攻撃する側の言い訳を精査する必要は先の先人の格言を思えば大いにあるように思える。


 山地