リトマス試験紙/きみとぼくの壊れた世界
きみとぼくの壊れた世界
西尾維新
- きみとぼくの壊れた世界 (講談社ノベルス)/西尾 維新
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西尾維新初読みです。
あらすじネタバレですが
主人公とその妹、そして学校の友人男と友人女1、友人女2が登場人物の学園ミステリ。
主人公はシスコンで、友人女1は主人公が好きで、主人公は友人女2を好きになりそう。
そして妹にちょっかいをだした後輩が学校で殺される。
さてその犯人は、という感じです。
ですが、素直に頭に物語が入ってきません。
物語そのものよりも、物語の構造解析、もしくはこういった本の読者分析にを自動的に頭でしてしまいます。
ラノベ?、セカイ系?
この手の特徴は
1、妹、もしくは幼馴染が根拠なく主人公を好いている
2、チョイエロあり
3、自分語りが多い
4、主人公の世界観は壊れない
5、死の扱いが軽い
というところでしょうか(と勝手に判断)。
この手小説のこだわりである自分の世界観の構築を自分語りで行っていて、その感性を分からないでもないですが、私としては、そこまでこだわる気もないよう、という感じで、うーん、現段階ではこのセカイにはまだ踏み込まなくてもいいかな、というのが率直なところ。
たとえれば「初恋の人と結婚する」みたいなこだわり。
あぁ、おっさん化した、ということでしょうか。
さらに世代論的な妄想を述べれば、「自分を大事に」という世代が成長するに連れ、セカイと自分との対立を超えるときに自分を大事にするのではなく、「自分を大事に」すること優先でセカイと対立さえしない、というスタンダードができてしまった世代があるのでは、と感じています。たとえば、自分を大事にするあまり死を非常に軽いものとして扱い、自分を際立たせる。
それはそういうものを望む部分が私にもあるし、そういったスタンダードができればそっちに流れてしまうのも分かります。そういうスタンダードが、ニートなんかの問題でも実質的な雇用問題以外に、「雰囲気」としてニートを助長するものがあるんではないでしょうか。まぁこれは諸刃の刃で、逆に良い面もあるとは思いますが。
ま、おっさんのいうことなので「今の若いやつは」的な話なのかもしれません。その世代からいえば、また違う感じ方があるのでしょう
私の世代も「しらけ」世代といわれて(なつかしい。死語でしょうか)、外からみればそうなのですが、当事者としてはちょっと感じ方の違う(「しらけ」は標準語のように装い、実際の情熱は、それがわからないようにするのがスマート、とか。「しらけ」と論じる世代は情熱は見せるもの、という感じでそのアンチテーゼなのでしょう)ものがあったのも確かなので、外部からの勝手な分析は一面的なものだとは思うのですが。
で、個人的にはその自分とセカイが対立したときに必要とするものを小説に求めているのですが、その対立を避けるのでは何もでてこない。ただ「自分を大事に」という価値観からの今までにない回答というのもあると思うのでそれを期待したいところですが、それは「ラノベ」の役割ではないのでしょう。もっとべつの形になるのでしょう。
(世代論自体が妄想という意見もあるのですが、世代論が結構好きなのでつい考えてしまいます。あぁそれもおっさん化か。)
という妄想的思念が物語と同時進行で動き出し、要所要所で顔を出すのでイマイチ集中できません。
物語自体は肌に合わない割には一気に読めました。
多分肌に合う人には良い作品なんだと思います。
またこのジャンルに挑戦してみたい人にはいい作品なのかもしれまん。