水深3000mの餌取り/マッコウクジラの自然誌
マッコウクジラの自然誌
加藤秀弘
- 加藤 秀弘
- マッコウクジラの自然誌
船の上から鯨のフルークス(尾びれ)を見ていると、その大きさになんだか癒されるような気がします・・・
というような環境クジライメージ本かと思いきや、バリバリのクジラ研究者の書いたリアルな本です。
前半の章は、「大マッコウとの出会い」「博物館づくり」と鯨と海の科学館 ができるまでのエピソード。
1987年、岩手県山田町にある捕鯨会社が、捕鯨禁止の世界的情勢が進む中、きっと最後になるであろう大マッコウクジラを捕まえました。それを会社のある人物が標本として村に寄贈しようと考え、研究者に協力を仰いだのですが、このあたりはすべてボランティアベースなのでしょう。筆者である研究者のいやいや岩手まで出かけ、実際実物を見ると研究者の血が騒ぎ現場に入り測量を行い、地中に埋めて脂ヌキまでを行います。
その後会社の担当者が志半ばで亡くなりながら、村では博物館を建設することを決定。
博物館の企画に立ち会いながら、3年後の1990年、骨の掘り出しを開始します。
そして専業者に成型や実物大の模型を作らせていきます。
後半の章は、「マッコウクジラの形態と進化」「マッコウクジラの生活史」「分布と回遊」とクジラの博物学です。
これが結構専門的ですが、書き方が口語なので内容は図鑑的でも一応読みやすくなっています。
興味深かったことをいくつかあげていくと
・マッコウクジラの特徴はなんといっても深海での摂餌。1000-3000mも潜り深海にいるイカや魚類を食べるそうです。
マッコウクジラの胃の中からしか発見されていないイカの種類もいるそうです。
・捕鯨禁止の科学的根拠となる生息数については、「いそうな場所を船で探し目視で観察。数年かけて地球上をカバーする」
というもので、しかもマッコウクジラの場合、その潜水能力のため、全体の生息数については正確には把握できないそうです。
・天敵はシャチのみ。シャチは食物連鎖の頂点にいるようです。ただし繁殖は5年に一回、一頭という繁殖力の弱さです。
・ストランディングといわれる、クジラが浅瀬に行ってしまう不思議な現象があり、色々な理由が挙がっています。
そのなかでも興味深かったのが、クジラは磁場により高低差がわかり、等高線にそって同じ高さで移動し、等高線が海岸線と直行してしまっている部分にストランディング(座礁?)してしまう、という説明です。
・頭に脳油といわれるものが満ちていて、定説ではないものの、潜る前には外気を鼻から入れて脳油を冷やして固形化しその比重で潜り、浮かび上がるときは毛細血管により脳油を暖め液状にもどして浮かび上がってくるのに利用される、というものです
実は後半の章は、本当は鯨と海の科学館 で展示される予定のないようだったのですが、予算縮小の(湾岸戦争による建築材料費の向上)あおりを受け、実現できなかったものを本にしたものです。
なるほど、奇妙な構成になっていると思ったらそんな理由があったんですね。
しかし、この本では触れられていませんが、捕鯨の是非、地方での博物館建設の意味とその運営の難しさ、クジラ学の方向性なども考えさせられます。
写真や図も豊富で、常に口語なので読みやすいですね。
全長17.6mはマッコウクジラの中でも最大級。
人との対比でその大きさに驚いてしまいます。
また解体写真もたくさん出てきていて、表紙のようなすばらしい癒し系の写真はほとんどありませんのでお気をつけて。
その代わり、胃の中にあった半解のイカや、イカの吸盤や雄同士の争いでつけられた頭の傷のアップはあったります。
極端に言ってしまえば血も涙もないクジラ本ですが、図鑑調にせず、ノンフィクション調にしたりと研究者なりのクジラへの愛がそこはかとなく感じられ、それなりに好印象でした。
しかし、あらためてマッコウクジラのことなんか何も知らなかったことを思い知らされました。