百名山に行く前に | できれば本に埋もれて眠りたい

百名山に行く前に

百名山の人
深田久弥伝


田澤拓也


田澤 拓也
百名山の人―深田久弥伝

中高年の登山の目標になっている「百名山」。
これを著した深田久弥の伝記です。


口数少ない人にも自分にも厳しい山男、と思っていましたが、少し違いました。


昭和一ケタのころ、深田も当時流行していた文学に傾倒し、東大卒業後改造社に入ります。
そこで文学賞の下読みをしているときに読んだ原稿に心を打たれ、遠距離恋愛後、その女性と結婚することになります。
小説家として自立したい深田久弥。
机の前で、幾日たっても原稿を書けない深田に代わって、奥さんが筆をとり、それを深田が推敲し、深田の名前で発表するようになります。
奥さんには「今回だけ。次回はきっと書いてくれるはず」と考え、まったく気にしていなかったそうです。
周りの友人にも明かさず、深田の作品は世に受け入れられていくようになります。

しかし、そこに問題が起こります。
深田に愛人ができたのです。
そして離婚してしまい、もとの奥さんは「あれは私の作品」と公言するようになります。

深田は愛人と再婚し、北陸の田舎に引っ込んでしまいます。
ほそぼそと文筆業でくらし、しばらくしてほとぼりが冷めたころ、また東京に戻ります。
そしてぼちぼち山の仕事がはいるようになり、かつて行っていた山関係の仕事を見ていた若い編集者から、「百名山」の原稿を依頼されるのです。



いやぁ、人生ってやっかいだなぁ、と思いました。

もう、山が好きで好きで、っていう人なのに、こんなにもややこしい人生だったなんて。

あれだけ人気がある作家なのに、作品が少ないわけも肯けました。
でも山関係の作品は、登山黎明期の豪快さがあって結構面白いです。



事実として驚いたのは、編集者として中島敦の原稿を読んだのは、深田久弥が初めてで、一読してのその才能を認めたのですが、いかんせん、不倫中だった深田久弥は手元に原稿を半年ほど置いてしまっていて、その間に中島敦の病状は悪化し南海

に旅立って・・・。不倫が悪いとは言いませんが、編集者なら原稿ぐらいちゃんと読んでくれ、といいたいですが、そういった箸にも棒にも、という原稿は数多あるのでしょうね。
本の中では「深田の真贋を見る眼と誰にでも愛される人柄」が中島敦を作家にしたとフォローしていますが、その原稿のなかにはあの「山月記」も入っていたのです

。そんなもん、誰が読んでもその価値はわかると思うのですが。
しかし、素人の原稿のなかから「山月記」を見つける驚きというのは、どんなもんなんでしょう。
中島敦の遺作は「李陵」。今まではきれいに清書された原稿をもらっていたのですが、この作品は清書がされないまま、裏まで書き込みがあった原稿を中島夫人から手渡されたそうです。タイトルはなく、できるだけ淡白な題を選び「李陵」となったとのこと。

私も李陵でいいと思います。


中島 敦
李陵・山月記