山本周五郎に訪れた奇妙な出会い
山本周五郎に、霧が晴れるような切れ味のようなものがないのはなぜでしょうか。
義理や人情や熱情や世間のようなものは、溢れるように描かれているのに。
元来ないとか、その方向を求めていないとか、回答は人それぞれ色々あると思いますが、私は、それまでに重ねてきた苦労の荷が少し重すぎたせいで、ちょっとだけゆがんでしまったのではないかなと思います。
そのせいで、すっと素直さがでない。
出ても頭を叩いてならして、そんなに物事はうまくいかないことにしてしまう。
しかし、「青べか物語」は、千葉の寒村に暮らす人々のあまりに貧乏で世知辛い暮らしの話なので、山本周五郎のゆがみが、周りのゆがみとくらべるとより湾曲が少ないように思われます。
山本周五郎は、ここで少し余裕を持てたのでしょうか。
ゆがみながらも、すっ、と楽しんでこの村のことを書いているように思われます。
そういった部分は本人は気づかなく、多分こういった場所に住まなければけして現れなかった、気持ちのいい山本周五郎のなかでは稀有な作品ではないでしょうか。
小説好きというよりは、ドキュメンタリ・ノンフィクション好き向きの作品です。
