切り口から見える世界 俳句とは何か
「山頭火著作集 あの山越えて」大山澄太編
詩や俳句や短歌はあまり読みません。
しかし、たまに読むとびっくりするようなものに出会うので、結構「驚き分野」として、大事にとってあります。
で、有名な山頭火の本を読む機会がありました。
この本は、山頭火の昭和5年から約2年ほどの間の、九州での行乞日記です。
焼き棄てて 日記の灰の これだけか
まだ奥に家がある牛をひいてゆく
一人でいて濃い茶をすする
投げ出した足へとんぼとまらうとする
うーん、この情景描写、まいりますね。
日記なので句以外にも、色々書いてあります。
興味深いのは、この時代はお遍路さんや旅商人などが多く、宿で多くの人と同宿となり、今ではよく分からない世界が広がっていて、なかなか面白い。
年老いた体、雨の日も続く毎日の行乞、他人からの喜捨、年老いてなお続く辛い旅をありのまま句に詠み、そのあまりの自己憐憫に太宰治に似た憂鬱さをおぼえますが、やはり句がいい。
光ってます。
俳句や短歌は、乱暴にいってしまえば、小説の物語の展開の驚きや、一瞬の情景描写の鮮やかさを、短い文章で切り取るところか、とやっと山頭火と俵万智で理解しました。
ちょくちょく読んでいこうと思います。
詠むことはできませんが。
詩や俳句や短歌はあまり読みません。
しかし、たまに読むとびっくりするようなものに出会うので、結構「驚き分野」として、大事にとってあります。
で、有名な山頭火の本を読む機会がありました。
この本は、山頭火の昭和5年から約2年ほどの間の、九州での行乞日記です。
焼き棄てて 日記の灰の これだけか
まだ奥に家がある牛をひいてゆく
一人でいて濃い茶をすする
投げ出した足へとんぼとまらうとする
うーん、この情景描写、まいりますね。
日記なので句以外にも、色々書いてあります。
興味深いのは、この時代はお遍路さんや旅商人などが多く、宿で多くの人と同宿となり、今ではよく分からない世界が広がっていて、なかなか面白い。
年老いた体、雨の日も続く毎日の行乞、他人からの喜捨、年老いてなお続く辛い旅をありのまま句に詠み、そのあまりの自己憐憫に太宰治に似た憂鬱さをおぼえますが、やはり句がいい。
光ってます。
俳句や短歌は、乱暴にいってしまえば、小説の物語の展開の驚きや、一瞬の情景描写の鮮やかさを、短い文章で切り取るところか、とやっと山頭火と俵万智で理解しました。
ちょくちょく読んでいこうと思います。
詠むことはできませんが。