生活の実感としてのタクシードライバー、梁石日
不況になると増えるのがタクシードライバーと、よく言われます。いつでも募集をしているし、とくに経験がなくてもはじめられるし、というので、「クビになったらタクシードライバーでもやるか」なんて話がありますね。
しかし、これはこれでしんどい職業らしいです。
梁石日の「タクシードライバー日誌」によると、
まず、歩合制+会社のピンハネによる薄給。
ずっと座っているという悪環境と長時間の労働時間と精神的緊張。
危険も伴う。
昔は文学も目指していた梁石日が、一攫千金の怪しげなビジネスで濡れ手に粟どころか借金を背負って夜逃げ。
それではじめたのがタクシードライバーだったそうです。
そして梁石日は、家族を養うため、借金を返すため十数年、タクシードライバーをすることになります。夢見るまもなく。
そこで彼は、やっとバブルのころの悪癖も落ち、「生活」というものが骨身にしみてわかったきた、とのことです。
まさに、頭、ではなく、体、で。
その後、地に足がつき、あの巨編「血と骨」が生まれました。
人の生の温床から生まれ出た、理不尽が生きているような主人公。
家族を殴り、近所を脅し、誰にも理解されようともしない。
しかし、その激しい行動と生命力の溢れた姿。
それは、上っ面ではなく、理屈ではなく、人の生の、場合によってはすべてを奪いかねない生活という暴力、それを知ってこそ、現れた怪物なのだと思います。
生活していくうちにたまっていく、あの澱のようなもの。
それが、この時代は理不尽な暴力となり、今は内向的な無気力になっているように思えます。
さて、映画は、まだ見ていませんが、どうなんでしょうかね。