梶井基次郎の薄霧 | できれば本に埋もれて眠りたい

梶井基次郎の薄霧

予備校の講師が「10代で「檸檬」を読まない喪失」について話していたことがあります。
同世代の感性で「檸檬」を読まないことは、それは青春の1つの喪失だと。
たしかに、檸檬でかかれている、漠とした、世界を覆う不安と、それに対する自分の中のわけのわからない力の反発は、同時代的には10代でしか味わえないものだろうと思います。
しかし今読んでも、そのころ感じていた未来が灰色の薄霧がかかったような感覚が蘇ります。
卓越した心象風景の描写と、ふと胸をつくストーリー。
梶井基次郎は、特に何を語るのでもなく、あのころの心象風景を短編に刻み付けた、それだけで価値のある作家なのではないでしょうか。

檸檬」、は物語が流れていますが、逆に「蒼穹」のように瞬間を一筆で書いた水墨画のような作品こそ、この人の真骨頂なのではないでしょうか。

しかし、あのころ感じていた薄霧とは、大人の世界と隔てる境界のようなものだったんでしょうか。