アフターダークのあとからやってくるもの | できれば本に埋もれて眠りたい

アフターダークのあとからやってくるもの

アフターダーク
ひさしぶりに緊張感を持ってこの本を読んだ。
なんていっても、村上春樹の新刊だ。

どちらかというと今まで、村上春樹が書いてきた話が続いている。

見た目は問題のない、有能な社会人の、性と暴力の底知れぬ闇
周りからの期待にこたえた結果、からっぽになってしまった姉
その優等生と比べられ小さく硬い自我を形成していかなければいけない妹
タフでハードで現実的な女

今までの違いは楽器を弾く青年だろうか。
彼の役割は何だろう。

闇を持ちながらも、闇に飲まれず微妙な距離をとり、夢に敗れても理解し、世界に興味を持ち続ける。

村上春樹は「アンダーグラウンド」で「この本の執筆を通じて僕のある部分は元に戻れないほど変わってしまった」といっている。
何が変わってしまったのだろうか。
それは、今まで気にもしていなかった「他人」ではないだろうか。
アンダーグラウンド」の中では、あとがきでも書いているように、登場人物をできるだけ魅力的に感じるようにし、事実描かれている人は魅力的だ。
村上春樹にとって自分以外の多種多様な他人に、こんなにも魅力に感じてしまったのは、なぜなのだろうか。

村上春樹にとって、日本のしがらみは、もっとも嫌悪するものの1つだったのだろう。
しかし海外生活が始まると、「社会からの干渉」といったものは、まったく意味がなくなった。
誰もが個人的な欧米社会では、日本人的な「社会からの干渉から逃れる」みたいな部分は無意味で、ゼロから社会との関わりからはじめなければならない。
そこで生活することで、自分で築いていた壁が下がり、「アンダーグラウンド」によって、さまざまな人によりコミットしていくうちに、普通の人というものにひかれていったのではないだろうか。

一般的であること、つまり闇に落ちず光に囚われずバランスをとりながら生きていくこと。
他と交わらないエゴだけでなく、他からの影響を受けすぎず、必要以上の注目を浴びることもなく、人生そのものを生きていく。
それでいて、その人だけのドラマがあるという、静かなダイナミックさ。

そんな「普通」さに惹かれたのではないだろうか。
今回の主人公である青年に、その「普通」が課せられているように思える。
今までの硬い-まるで月の氷のように不寛容な-自我に特殊な力を持った、また、持たざるを得なかった人物、妹が、普通人代表の楽器人と話をする。
それは若くなければありえないし、深夜のファミレスでしかありえない話なのだ。
そこが、今はなくなってしまった若さへの郷愁のように、少しばかり胸を打つ。
「早寝早起きしてマラソンをやって消えてしまう闇は、その程度の闇なのだ」といっていた村上春樹は、絶対的な闇を前にしたときの回答として、「強く誰にも犯されない力を持つこと」から「バランス取ること」にシフトしていっているのではないだろうか。

そんなことを読みながら、読み終わった後も考えていた。
村上春樹のこれまでの小説とくらべると、小説自体の面白さは、少し少ないように思える。
でも、これは次への序章ではないのだろうか。
だとしたらアフターダークというタイトルも、2重性を持ってくるのではないだろうか?
次に期待したい。

takam16さんのも読んでみてください。
この本は、なんだか分析してしまう本なんです。
http://takam16.ameblo.jp/