300日で100冊の本を読んでみる

300日で100冊の本を読んでみる

2014年12月5日~2015年9月30日までの300日の間に、100冊の本を読むことに挑戦しています!

          王冠

数あるブログの中から、私のブログに訪れて頂きまして、感謝申し上げます。

挑戦は失敗に終わりました。

…が、このブログは続けます。
「続ける」ことが、次の私の「挑戦」です。


これからも、駑馬に鞭打って読書に励みます。
宜しくお願いいたします。


本ブログは私にとって、一人の人間として、人生やその他様々なことについて考える上で、大きな糧となっています。
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「なぜ彼らが、あそこまで苦しまねばならぬのか」

沈黙 (新潮文庫)/新潮社


神の存在、背教の心理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題を、「神の沈黙」という永遠の主題に切実な問いを投げかけた大作。

ここには、僕が子供の頃から抱えてきた宗教に対する疑問と葛藤がすべて書かれていました。
頭の中でなんとなく思っていたことが、小説の力によって具体的になり、考えを深めてくれました。
作者はそのことについて、考え抜いていたのです。

信者たちの上に次々とふりかかる迫害、拷問、相次ぐ信者たちの犠牲、文字通りの人間の気力、体力の限界をこえた苦難にもかかわらず、神の「救い」はあらわれない。

主人公の必死の祈りにもかかわらず、神は頑なに「沈黙」を守ったまま。
果たして、信者の祈りは、神にとどいているのか。
いや、そもそも神は、本当に存在するのか。


主人公は、そのことで悩み葛藤します。
「あなた(神)は何故、すべてを放っておかれたのですか。
我々があなたのために作った村さえ、あなたは焼かれるまま放っておいたのか。
人々が追い払われる時も、あなたは彼等に勇気を与えず、この闇のようにただ黙っておられたのですか。
なぜ?」


「お前らがこの日本国に身勝手な夢を押しつけよるためにな、その夢のためにどれだけ百姓らが迷惑したか考えたか。
見い。血がまた流れよる。
何も知らぬあの者たちの血がまた流れよる」

等と言われ、ますます悩み葛藤していく主人公。

その主人公に対する、かつての恩師の言葉にはひどく考えさせられました。

「この国は沼地だ。
やがてお前にもわかるだろうな。
この国は考えていたより、もっと怖ろしい沼地だった。
どんな苗もその沼地に植えられれば、根が腐りはじめる。
葉が黄ばみ枯れていく。
我々はこの沼地にキリスト教という苗を植えてしまった。

日本人は神の概念はもたなかったし、これからももてないだろう。
日本人は人間とは全く隔絶した神を考える能力を持っていない。
日本人は人間を超えた存在を考える力を持っていない。
日本人は人間を美化したり拡張したものを神とよぶ。
人間と同じ存在をもつものを神とよぶ。
だがそれは教会の神ではない。
たずさえてきた苗はこの日本とよぶ沼地でいつの間にか根も腐っていった。
私は長い間、それに気付きもせず知りもしなかった。

キリシタンが亡びたのはな、お前が考えるように禁制のせいでも、迫害のせいでもない。
この国にはな、どうしてもキリスト教を受け付けぬ何かがあったのだ。

お前は彼等より自分が大事なのだろう。
少なくとも自分の救いが大切なのだろう。

教会よりも、布教よりも、もっと大きなものがある。
お前が今やろうとするのは……」


本作全体に流れるドラマチックな迫力。
そして、その畏るべき結末。
沈黙して、味わって下さい。


追い詰められた主人公のうちに生じた信仰上の悩み、懐疑を丹念に描いた一冊。



私がその愛を知るためには、今日までのすべてが必要だった。

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「自殺と犯罪は、世界に負けること」

何もかも憂鬱な夜に (集英社文庫)/集英社


重大犯罪と死刑制度、生と死、そして希望と真摯に向き合った作品。

児童施設で育った主人公。
あるとき、自殺を図るものの、施設長に助けられます。

その施設長(恩師)から言われる言葉が実に素晴らしかった。

「現在というのは、どんな過去にも勝る。
アメーバとお前を繋ぐ無数の生き物の連続は、その何億年の線という、途方もない奇跡の連続は、いいか?
全て、今のお前のためだけにあった、と考えていい」

「自分の好みや狭い了見で、作品を簡単に判断するな。
自分の判断で物語をくくるのではなく、自分の了見を、物語を使って広げる努力をした方がいい。
そうでないと、お前の枠が広がらない」

「自分以外の人間が考えたことを味わって、自分でも考えろ。
考えることで、人間はどのようにでもなることができる。
世界に何の意味もなかったとしても、人間はその意味を、自分でつくりだすことができる」



そして、成長した主人公は、刑務官になります。
その過程で、ある死刑囚に言った言葉。
主人公の「命の捉え方」に、ひどく共鳴しました。

「お前はずっと繋がってるんだ。
お前の親なんてどうでもいい。
俺だって親はいない。
一つ前のものに捨てられたからって、そんなことを気にする必要はない。
俺が言いたいのは、お前は今、ここに確かにいるってことだよ。
それなら、お前はもっと色んなことを知るべきだ。
お前は知らなかったんだ。色々なことを。
どれだけ素晴らしいものがあるのか、どれだけ奇麗なものが、ここにあるのか。
お前は知るべきだ。
命は使うもんなんだ」

「人間と、その人間の命は、別のように思うから。
…殺したお前に全部責任があるけど、そのお前の命には、責任はないと思ってるから。
お前の命というものは、本当は、お前とは別のものだから」

「お前は屑と言われている。
大勢の人間に死ねと言われている男で、最悪かもしれない。
でも、お前がどんな人間だろうと、俺はお前の面倒を見る。
話を聞くし、この世界について色々知らせる。
生まれてきたお前の世話を、お前が死刑になるまで、最後までやる。
お前の全部を引き受ける」


「(己という存在を越えて)“命”そのものに価値がある」
そう言って貰えるだけで、生きる意味が生まれてくるのでしょう。


執拗に人間の暗部や実体に正面から向き合った一冊。



ちゃんと素晴らしかったんだから。それでいい。

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「強い人間なんてどこにも居やしない」

風の歌を聴け (講談社文庫)/講談社


青春の一片を乾いた軽快なタッチで捉えた本作。

入院している少女からの手紙の文面に心を打たれました。
以下、その一部を抜粋します。

「早いもので、この秋で入院生活ももう3年目ということになります。
私は17歳で、この3年間、本も読めず、テレビを見ることもできず、散歩もできず…
それどころかベッドに起き上がることも、寝返りを打つことさえできずに過ごしてきました。
この手紙は私にずっと付き添ってくれているお姉さんに書いてもらっています。
彼女は私を看病するために大学を止めました。
もちろん私は彼女には本当に感謝しています。
私がこの3年間にベッドの上で学んだことは、どんなに惨めなことからでも人は何かを学べるし、だからこそ少しずつでも生き続けることができるのだということです。
(中略)
病院の窓からは港が見えます。
毎朝私はベッドから起き上がって港まで歩き、海の香りを胸いっぱいに吸い込めたら…と想像します。
もし、たった一度でもいいからそうすることができたとしたら、世の中が何故こんな風に成り立っているのかわかるかもしれない。
そしてほんの少しでもそれが理解できたとしたら、ベッドの上で一生を終えたとしても耐えることができるかもしれない。
さよなら。お元気で。」



村上春樹さんのデビュー作です。
(全160ページ程の薄い本ですので、数時間で読み切れると思います。)

この世界には、実にいろんな人がそれぞれに生きていると痛感する一冊。



昼の光に夜の深さはわからない。

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