学問の自由を促進する基盤となった社会的な条件として、①国間の貿易の拡大により、知識の伝播が盛んになり始めた事、②思想や知識も、競争し、論争し、証明しあうことによって、その価値や有効性を確認するという姿勢が強まったことが挙げられる。知識にも所有権が生まれ、知識が取引される市場が生まれた。大学に実用的な教育と研究を導入すべきだという産業界からの強い注文が現れるのは、19世紀に入って工業化が急速に進展する頃からである。時を同じくして知的独占を意味するパテントの立法化が米国、フランスを皮切りに急速に進み始める
偶然の重要性を示す例は、ある目的をもって追及された問題の解決が不可能とわかった段階で、結果として科学の新しい概念や原理の定立に至るというケース。よく知られた例として金連術と永久機関の追求がある。
金連術が袋小路に追い込まれたことによって、元素という概念が初めて確率され、サイエンスとしての化学が誕生したから。また蒸留技術を進化させて高純度のアルコールの生成を可能にしたことから、天然物からの成分単離、ヨーロッパでの磁器の西方の確立にも貢献下と言われる。
学問の歴史の中で重要な発見発明は、偶然にかけるという余地を残す為に、知的な自由は確保されなければならない。このように自由は人間の知識の不完全性に対処するためにの制度という側面を持つ。意図と結果の齟齬を許す自由があったからこそ、人類が現在持っている膨大な知識のかなりの部分を生み出しえたのである。
人間の知識の不完全性に対処するための制度として自由を捉えた場合、自由は、真理、善、美など社会のもろもろの価値を実現するためさせるための重要な社会制度であることがわかる。だからこそ獲得された知識は絶対的なものとして他を排除する姿勢は学問の進歩にとって有害なのである。
近代の自由の母国イギリス、清教徒革命はそれまで王政下における厳しい出版物の検閲システムを解体し、印刷と出版を自由にした。しかしその結果、様々な異端妄説が蔓延し始め、王党派の逆襲に対応しきれなくなった長期会議は、1643年に検閲条例を出した。この命令に対して共和主義者 J・ ミルトン(1608から74)は「言語の自由」論の古典と呼ばれる「アレオパジティカ」(1644)で激しい抗議の条例撤回要求(無検閲)の意見を書き上げた。
肯定と否定の対立によって真理の道を進もうとするのが弁証法である。絶対的な真理を議論の冒頭から主張するのでなく、物事を相対的に(時には多元的に)見ながら批判の過程を取り入れ、心理への道を進もうとしない限り、思想と言論の自由はもはや自明の権利とはならない。弁証法的な対話は科学や学問一般だけでなく、道徳的及び政治的真理に到達するための一つの手続きでもあるから、進んで検討する権利は保護されねばならない
知識をめぐって近代社会で立ち現れたもうひとつの問題は、知識に所有権があるかと言う問。この問に対して、「アイディアや知識に一定の財産権を与える」と応える制度が特許制度である。歴史的には特別な技術の発見者に対して、王が特別の権利を特権的処遇を与えるというケースは西洋中世世界にも存在した。しかし憲法の枠組みの中で知的財産権が認められたのは米国や革命後のフランスであった。
しかしその後19世紀半ば中頃から知的財産権を否定する反パテント 運動が起こり始める。すでに亡くなった人にとっては使用されることは名誉なのに、その権利を第三者が経済的に守るというのはどういうことなのだろうか。音楽文化の普及発展に資することに主眼があるのなら、こうした芸術的著作の成果の第三者による仲介業の独占は逆効果ではないかと感じたのである 。 JASRAC 過去の音楽上の著作物に対して保護するというのは仲介業者による知的独占ではないかと。エイズの特効薬がパテントで保護されたために、極めて高価になり緊急にそんな特効薬を必要とする貧しいアフリカの患者が買えないという事実は、経済倫理の問題として激しく議論されたことは記憶に新しい
ミケーレ・ボルドリン、デビッド・K・レヴァイン「<反>知的独占ー特許と著作権の経済学」は、知的財産権は、著者や発明者を特権化し、仲介業者に莫大な利益をもたらす知的独占だから廃止すべきだと理論的・実証的に説明する。知的財産権の保護は既得権益者が後発による改良によって追いつかれるのを防ぐために使われることが圧倒的に多く、イノベーションの阻害要因になると論じている。知的独占か反独占か、難問の解は①新しいアイディアが生まれるような刺激を与えること(改革者への報酬)、②そのアイデア自体を社会的に共有し多くの人が利用できるようにすること(技術革新の普及)、の中間にあるだろう。いずれの端点でもベストの解にはならないようである
社会行動には社会的な(公の徳としての)倫理問題が存在することは見逃してはいられない。例えば悪趣味の一言に尽きる色の塗装を自宅の外壁に使ったり、消費終わった飲み物のカンや瓶を投機して他人の地域を困らせるような行為が挙げられる。これは消費行動が経済学でいうところの外部性を持っていることを意味する。正の外部性も存在する。しかし社会問題となるのは、負の外部性の方である。風紀を乱す、あるいは公的良俗に反すると断定できるケースと、自己を表現する自由との境界線は紙一重なのだ。
もう一つ世代間の不公平、乱獲や過剰消費によって値段が高騰して高級品と化し、あとの世代の消費を困難にするれば多い。さらに流行の問題、一つの財が圧倒的な勢いで市場を制覇したために、競争的・代替的な関係になった財が市場から駆逐されてしまい、少数派の嗜好が消費の選択が消えてしまうというケースがある。近代以降、市場とデモクラシーを通して多くの社会が経験してきた「画一化」の浸透によって、少数派の選択の自由が狭められてきた問題、と言い換えることができる。消費者は何かを選ぶことによって、結果として市場に大きな影響を及ぼしているのである。
特権の世紀、すなわち貴族社会ではほとんどすべての芸術作業はそれぞれの職業分野がひとつの団体を形成し、職業団体としての意見と誇りを職人たちは持ち合わせていた。彼らの行動の基準は自分の利益でもなく顧客の利益でもない団体の利益だったとも言う。団体の利益は職人一人一人が傑作を作ることによってもたらされる。貴族性にあっては職人たちは限られた数の滅多に満足しない顧客のためだけに働き、彼がどれだけの収入を期待するかはもっぱら製品の出来栄え次第であった
デモクラシーにあっても、貴族性の時代に比べ、芸術愛好家の多くは比較的貧しくなる一方、ほどほどに経済的な余裕があり人真似から美術品を好む人の数は増加する。従って美術品の数は増えるが個々の作品の質は低下する。
倫理は自由意志を前提としている。選択の余地があり、その選択肢の中から自由意志で選び取るからこそ倫理的な判断が意味を持つ。自然落下の法則に縛られて落ちていく石に対して倫理を云々することはない 。
一般にある行為が倫理的であるか否かを判断する時には、習慣として行なっているかどうかが重要になる。習慣としての消費は、単に私的な行為としてモラルの面から正しいか否かを問うのではなく、習慣として形成された消費行為が倫理的なのかどうか問われなければならない。
消費の概念は 曖昧だ。消費と上司とその対概念である投資を区別し消費の量を確定しようとすると様々な困難に出会う。中間投入物と最終生産物との区別も経済活動の基本目的を何と考えるかによって異なってくる。実際、国民経済計算において、生産の費用となる中間生産物を、最終生産物として扱ってしまう可能性は少なくない。そして教育、訓練、保険などの支出を、国民経済計算の消費から投資(資本形成)に移さなければならない。特に二面性がはっきり現れているのは教育。満足に貢献するところに消費と捉えることができる。そして将来の消費に寄与する投資としての側面がある。現代の国民経済計算では、将来の消費水準を高める可能性を持つ投資支出も、国民福祉の代表的な指標である国民総生産の構成要素としている。
消費者が何を望んでいるが一番よく知っているのは消費者自身ではない。生産者によって呼び覚まされる欲望があるからだ。人間の欲望が成長して変化したりする性格のものであるとすれば、それはもはや科学的データとしての首尾一貫性は持ち得ない。消費者は価値の創造と外部刺激による欲求の内的形成という側面がある。だからこそ経済学と親戚関係にある倫理学という学問領域の重要性が社会科学的にも認識されるのだ
古代ローマの警句に「買い手は用心すべし」、あるいは法の原則として「売買されたものの危険は直ちに飼い主に関わる」という言葉がある。しかし現代の消費者が、あまりにも製品の質や安全性あるいはリスクに関して無頓着、消費者は賞味期限で食品を管理するだけでよいと考える。国や行政に護られすぎた結果、自分自身を守る力を衰弱させ、その結果、日常生活においても他力本願になってしまっているようだ。しかし出来るか出来うる限り、自分の身は自分で守る習慣を身につけ、初めて消費は倫理性を獲得することができるのではないか。天然資源を含めて環境をいかに持続可能な形で将来世代に残すかという問題には、本質的かつ倫理的な問題が含まれている。最低限の義務を果たし得るためには、一回限りの思いつきや善行だけでなく、習慣となった倫理的消費というものが必要不可欠なのだ
現代の経済学は大企業や労働組合のような国家と個人の間に存在する中間的な組織の機能や役割に十分な注意を向けてこなかった。独立した合理的な個人の市場競争と、国家による統制と介入という二次元的な対立図式で特徴づけてきた。しかし現実の経済システムは、結社としての経営者団体、労働組合、消費者団体をはじめ数多く国家と個人の間に存在する中間的な組織の動きに規定されている。議会制民主政のもとにおける政党の機能を考えれば明らかであろう。
近代デモクラシーの運命を見通したフランスの思想家、A・トクヴィルは結社の普及はデモクラシーの社会を分裂させるのではなく、むしろ自己の殻に閉じこもりバラバラになりがちな個人を結合する力を持ち、人々が共同善へ適用する技術を学ばせると捉えた。自発的な結社は自治を学ぶための最良の学校。民主化、すなわち境遇の平等の進展に応じて、結社を結ぶ技術が発達し、完成させねばならないということ。民主的な国は、共通の欲求の対象を共同で追及する技術に習熟し、この新しい知恵を数多い目的に適用してきた。平等と結社の間には必然の関係が存在するのだ。デモクラシーの下では個人は独立しているがバラバラで1人1人は無力である。
授け合う術を学ぶ装置として結社は機能する。結社を社会を分断する力としてのみ捉えてきた従来の政治思想を根本的に見直す視点を提供している。トクヴィルの結社と文明の関係についての鋭い考察は、日常生活の中で結社をつくる習慣を獲得しないとすれば、文明それ自体が危機に瀕する。私人が単独で大事を成す力を失って、共同でこれを行う能力を身につけないような人民は、やがて野蛮に戻るだろう。
少数派の中には多数派を説得しようとはせずに、多数派と戦闘するという組織もある。これは特にヨーロッパの結社に多く見られるケースである。しかし米国では純粋に精神的な敵と戦うためですが彼らは団結する。節酒、公安、通商、道徳、そして宗教、あたかも諸個人が力を合わせて自由に活動することで、達成できないことは何一つないと思い込んでいるようだ。こうした結社の無制限に近い自由こそ、あらゆる自由の中で、人民が耐えうる最後の自由だとトクヴィルは言う。結社の自由が認められている国には秘密結社が見られない。アメリカに徒党を組むものがあるが陰謀家はいない。かくしてアメリカは共通の欲求の対象を共同で追及する技術に習熟し、この新しい知識を数多い目的に適用することとなった
米国には結社の名鑑が公刊されている。およそ23000の国内の非営利の会員組織に関する包括的な情報を提供している。まえがきには概略次のように記載されている 。元来個人主義を提唱してきた米国人は、他面、常に何かに所属するという必要性を感じてきた。個人個人でよりも集団の努力を通してより多くを達成できることを知っていたがゆえに、米国では最も強大な社会的な力の一つとして結社が形成されるようになった。
まずアメリカ人の10人に7人がひとつの結社に所属していること。四人に一人が四つ以上の結社に所属していること。また調査対象となった結社の90%はメンバーと市民に対して技術的・科学的問題について、あるいはビジネス業務などに関する教育コースを提供しており、その事業のために結社は毎年約85憶ドルを支出していること。さらに毎年業界標準の設定業務のために140億ドルを費やしている。これは政府が製品の安全標準の策定や実施にかける支出の実に400倍に相当するらしい。
結社は政治活動に多くの資金を通しているかというと実際はそれほどでもない。調査対象となった結社の1/3だけが政治活動の資金を使っておりその額は活動費の平均5%に過ぎない。むしろ結社はコミュニティサービスのために毎年延べ1憶時間以上を費やしている点に注目すべきであろう。結社はしばしばより大きな共通利益のためにメンバーの専門的知識を活用しているのだ。例えば障害ある技術者を就業、余剰衣料品を寄付、フォーラム開催、製品を保証するための様々な規格、専門職の職務規定や倫理規定を策定。結社による教育訓練は、大学の学部、大学院専門知識をベースにしているが、専門家による評価プロセスを促すこと、法的要求に沿ったコースを提供すること、また懲戒処分の基準を設けることによって職業能力を高めている。こうした結社と政府は収集分析した統計データや分析結果を政策策定の際にしばしば使用。さらに結社はそのメンバーと政府の間の重要なコミュニケーションのパイプとしても機能する。多くの結社は州の財政赤字の削減に大きく貢献していることを誇りとしているようだ。
トクヴィルが170年も前に「アメリカのデモクラシー」の中で指摘、民主制はすべての人々に自由な社会的栄達の道を平等に開いているが、結局のところ人々をバラバラにアトム化させ、社会的紐帯を切断し、個人主義の究極的な形としての利己主義を蔓延させる。無責任な利己主義が生み出す多数の専制を回避するために、アメリカ社会は地方自治の確立、裁判制度による司法への参加、自由な結社という三つの装置を民主制の中に組み込んだ。この自由な結社こそ健全なデモクラシーの運営にとって必要不可欠なんで大前提と考えられるからである。
こうした中間組織が圧力団体としての力を蓄え、リベラル・デモクラシーにとって脅威と化すこともあろう。この種の中間団体が、全体的にとってプラスの影響を与えるのかマイナスに作用するのか、実証的な問題であって、倫理的な回答に現実的かつ有益な教訓が含まれているわけではない。しかしこうした組織が、デモクラシーと市場経済において果たす役割は今後さらに重要になることは否定できない。その最大の理由は、おそらく巨大化し、複雑化した現在の経済はその全領域を私と公という二つの局面で区切るだけでは不十分となってしまった点にあり、解決できない局面が生じており、それを共同という中間領域として位置付け公共の利益を最大に結びつける努力が求められているからである 。
最後に、企業(特に大企業)という組織が、国家(公)と個人(私)の中間の分野で一定の機能になっている点に注目したい。まず源泉徴収による徴税業務の代行。納税義務者以外の第三者(多くの場合、給料などの支払者である企業)に租税を徴収させ、国又は地方公共団体に納付させる制度である。第二に企業が従業員の(法定内と法定外双方の)福利厚生の一部を負担すること。企業が労働費用として支出する福利厚生費は、企業にとって節税効果があるうえ、企業が大きければ社員食堂や病院などがもたらす従業員への便益が一人当たり費用に対して大きくなるという規模の効果を持つ。第三は、企業の従業員が組合組織によってセーフティーネットを張るケース。例えば失業保険の保険料の拠出は、本人以外に国家や企業の負担すべきだという考えに基づいている。リスクの程度を同じにするようなグループが相互扶助と安全性の確保、労働組合が労働金庫を利用して生活の安定性を図ろうとすることなどはその例。社会保障全てを国家に任せることで問題が解決するわけではない。個人が連携することによって中間的な組織を作り、共同の利益を実現させるという装置を制度的に組み込むことが必要とされるのだ
正義という曖昧な概念を始めて区別し限定したのはアリストテレス、「ニコマコス倫理学」で、心の行儀としての徳を、いわば自己の内部の私徳(貞節、謙遜、律儀など)と社会的な公徳(公平、勇強、正中など)とに区別し、特に後者を重視したことを意味する。愛の増す度合いと同時に正義もまたその要求を増大させる。極端なケースとして、「愛があれば正義は不要な徳である」という考えがあったと推察される。更にこ個別の巣正義が存在するように正義にも個別性があるから、徳の一つとしての正義を考察するという。そして正しいという概念を、適法制と均等性に分け、後者の均等性を分配の正義(幾何学的分配)と矯正の正義(算術的分分配)に、さらに交換の正義(応報的)を加えることによって、正義を概念的に区分し分類した。彼は交易なくして共同関係はない、交易は均等性なしには成立せず、均等性は通約性、即ち紙幣なしには存在しないとも述べている。アリストテレスの性議論は、正義、共同体、貨幣による交換という経済学の中の三つの重要な概念を結び付ける重要な貢献をした。
正義の構造をさらに立体的に再構成したのはトマス・アクィナス(1225頃~74)、正義の概念を、国(あるいは共同体)が個人を律し、個人がそのルールを尊守するのが法的定義。公民の間の負担と利益の配分を律するのが分配の正義。個人と個人との間の交換関係を律するのが交換の正義。その前提の優先順位として、公共の利益と負担を各人に分配する分配の正義が、社会の基本的な体制をまず設定し、あるいは立て直し、その体制の中で、個々の私的な利益の間を調整して正義を維持するのが交換の正義である。るつまり交換的正義は分配の正義を前提とした概念だ。 交換の正義は、それ自体では自己完結的な意味を持たない。交換的にだけものを考える時には、甚だしい不正義に目をつぶることにもなる。分配の正義と交換の正義という二つの正義を、ただ私人の観点だけから考えるのでなく、共同善に関係づけるのが法的正義。
19世紀70年代のシジウィック、極端な例として、溺れる富豪の傍らに誰もいないことを確かめて、財産の半分をよこしたら助けてあげるとささやくこと誰が自由で公正な取引といいうるのか。交換に目を配るだけでは、時には甚だしい不正義に目をつぶることになる
アメリカの哲学者ジョン・ロールズ(1921-2992)の「正義論」。政治的自由、身体の自由を含む基本的なもろもろの自由を社会の構成員全員に平等に分配する「平等な自由」を第一原理 。最も不幸な人々の利益の最大化を図る「第二原理」。最低の状況を可能な限り改善するという格差原理が導入。最低生活者にミニマムが保証されるのであれば、人々の所得が市場メカニズムによって決定されることは全くフェアであるとする。従って参政権の侵害というような不平等がない限り、形式的・手続き的正義を満たす。この裁定生活者のミニマムをどこに設定するかという福祉問題は、立法と政治の段階で熟慮されるべき事柄。
自由競争が生み出す市場価格というのは、そうした理論の枠内での最適性を保証するが、必ずしも正義の原則とはいつしない。
一定の豊かさの実現は幸福の追求の前提条件になることは確か。幸福の希求が人間の諸権利の中に含まれているからこそ、経済的な豊かさがそのための重要な手段の一つとしての根拠を持つのである。幸福は長続きする精神状態であって、スミスが言うように静穏と楽しみから成り立っている。富や地位を熱心に求めることは人生をむしろ不幸にする。
例えば家事労働は GDP に計上されていない。独身の貴族が使用人の女性と結婚した。国民所得は減る。結婚前は使用人としての労働に対価としての賃金が払われていたため。しかし結婚によって同じ労働が家事となり国民所得の計算から除外されたためだ。 GDP に対する無償労働の貨幣評価額、実に GDP の20%前後にも及ぶと2009年の内閣府経済社会総合研究所は報告している。例えば豊かな自家消費や共同体内の互恵的な交換で生活している途上国の付加価値部分は GDP 統計では抜け落ちてしまう。また鉱工業生産による環境の劣化が我々の生活の質を悪くしているにもかかわらず GDP はそれを反映していないといった問題もある。生活の豊かさは消費で測られるべきなのに闘志が GDP に含まれるのはなぜかという指摘もある。これは将来の各期にどれだけ消費するかという消費の流列の割引現在価値と言う富に近い概念を問題にしている。
所得以外のファクター、健康・結婚・仕事・市民活動などをもっと分析の対象に入れるべきだという主張が現れる。こうした指摘は国連の人間開発指数の計測として実現している。一人当たり所得以外に、寿命、平均識字率、就学率などを勘定に入れた厚生指数が組み立てられたのである
貿易摩擦に関しては戦前と戦後日本は欧米諸国からのようなバッシングにあっている。1932年以降、日本が木綿や雑貨などの輸出増加でいち早く不況から抜け出すと、日本の進出で市場を失った欧米諸国は、日本の労働者の非人間的な低賃金はソーシャルダンピングだと非難し始めた。金輸出の再禁止に伴う急激な円安が輸出拡大の最大の原因であったのにもかかわらず、欧米諸国は日本に対して報復的な関税引き上げや輸入総量規制などの対抗処置を続けた。
2011年秋のハワイでのAPEC首脳会議で、中国代表は「中国はTPP交渉に招待されていない」という言い方で、TPPへの不満と警戒感を露わにした。それは、自由主義諸国をはじめとする近隣諸国が中国を包囲するような形で自由貿易圏の形成を推し進めているととらえたからだ。これが包囲網であれば、新たな冷戦構造が出来上がることになる。構造的には、現代の中国は1930年代の日本の政治と軍の動き想起させるような状況にも見える。
ユーロという単一通貨、EUのメンバー国の経済政策(特に金融政策)の自由度を奪うことになった。